SayClubのサービス終了の案内が出ました。
今となっては、トラフィックも激減しており、まったく存在感を感じさせませんが、それこそ、2004年あたりは、「アバター」「チャット」といえばSayClubを思い起こさせる位に盛り上がっていたサービスです。
今でこそ、ネットコミュニティといえば、mixi、やgreeをはじめとするSNSが「顔」となってしまいましたが、当時、あのままの体制で運用を続けられていれば、現在の状況もまったく違ったものになっていたのではないかと思えるほど、勢いを感じられたサービスであり、非常に残念です。
僕自身、このサービスに関わることで得たものは非常に多く、現在のコミュニティに対する考え方の基礎を作らせてもらったと言っても過言ではありません。
6年間、お疲れ様でした。
コミュニティサイトに限らず、企業やサービスにより信頼感や親近感、期待感を持ってもらおうと考えた場合の施策として、運営者によるオフィシャルブログなどを立ち上げる例があります。ですが、閲覧者が多ければ多いほど、そういったブログの運営リスクは非常に高いといえます。
なぜか?
まず、信頼感や親近感を醸成するためには、ユーザーより貰った意見や要望などのコメントに対して、通り一辺倒の返信をするだけでは、目的を達成できません。こちら側も、一歩踏み込んだ回答をしてあげなければならないわけで、いわゆるユーザーサポートから返信されるテンプレート対応よりも、一段も二段も高いレベルの対応が要求されるのです。さらに、その上で、その対応は第三者にも公開されているわけで、そういった状態で、ユーザーサポートを行うことと同義であり、ちょっとした言葉の使い方一つ取ってみても、揚げ足を取られたり、誤解を招く危険性をはらんでいます。
そういう意味では、リテラシや経験の浅い方がそういったブログを運用していくのは大変危険です。
そんな中、私が見ている複数のコミュニティサイトそれぞれで、そういったブログを運用しています。1か月で平均200件前後のコメントを頂くようなブログもあるのですが、日々、炎上のリスクを感じつつも、紙一重のところでさばいているといった感じです。
それでも運用し続けているのには、やはり訳があります。リスクが高い分、うまくユーザーの心をつかめると、非常に有用なスペースへと転化していきます。一歩踏み込んだ対応や回答をしてあげることで、ユーザーも、通常のお問い合わせよりも、一歩も二歩も踏み込んだ意見や声を投げかけてくれるようになります。これは、最近非常に実感しているところです。
ユーザーとの対話もうまく行きます。ユーザーサポートからの一方通行の返信ではなく、ユーザーと会話のキャッチボールをすることで、より多くを得ることができます。
当然、中には、取るに足らないような意見や、視野の狭い声も多いのですが、それらすべて、実際に利用しているユーザーのニーズであることだけは間違いないわけです。
大きなニーズのみを見てサービスを考えるよりも、小さなニーズもすべて把握した上で、取捨選択された施策の方が、やはり、自分自身、自信や信頼感ある運営を行えます。
一口に、「ユーザーとの信頼感を生みだす」とか、「双方向のコミュニケーション」というのは容易いことですが、実際にそれを実現するのは、大変難しいことだと、今経験している中で感じています。そして、それが実現されてくることによって、そういった言葉の重みを、より大きく感じられるようになるでしょう。
モバゲーが監視体制を大幅に強化するという記事。
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以下、CNETより引用
具体的にはまず、12月10日から「青少年への注意喚起を徹底」として、サイト上でのルールを、より分かりやすくする表示を強化した。
また、12月20日より18歳未満のミニメールを、ユーザの年齢前後2歳までの送受信のみに制限。13歳未満のユーザはミニメールの利用を禁止する。また、18歳未満の友達検索を、ユーザの年齢前後2歳までの友達検索のみに制限するとともに、「メールアドレス交換禁止の徹底」として、システム対応の強化を図る。
さらに、2008年春までの取り組みとして、サイトパトロールを300人体制に増員し、監視体制の強化を予定している。
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仲間内では、モバゲーユーザーの利用スタイルやサービス内容では、必ず事件が頻発して、勝手に自滅するんじゃないか、なんて勝手なうわさしていましたが、先日、実際に事件となり、それを受けての対応のようです。事後対応という点に、やはり危機管理上問題もありますが、あれほどの規模のサービスとしては、最低ラインではありますが、まずまずの対応スピードではないかと思います。
事後監視では、どこまでやっても「絶対」は無いというものの、企業として、そういう取り組みをしているというアピールにはなるでしょうね。それでも事件は今後も起こり続けるでしょうけれど。
とはいえ、そもそも、出会い系サイト規制法を正しく解釈すれば、男女を区別でき、インターネットを通じて何かしらの言葉を発信するツールを提供している時点で、18歳未満者の利用を禁じなければならない。つまり、その時点で、出会い系サイトとしてみなされるわけです。
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以下、出会い系サイト規制法第三章より引用
(児童でないことの確認)
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これを考えると、そもそも、年齢制限、送信先の年齢制限を行う以前に、男女の別や、それを区別した上での検索機能を制限する必要があるはずです。
私の運営しているコミュニティサービスも、比較的若年層が多いことから、プロフィールとして性別を持たせていなかったり、ニックネームにすら、「男女」というキーワードを利用できなくしていたり、もちろん、男女別の検索機能も用意していない。
当然、ユーザーは会話の中や、ニックネームの雰囲気で男女を見分けながらコミュニケーションを行っているわけなのだけれど、明示的に区別できる状態と、正しい利用の中で知るのとは、負の方向へ向かう確率も違うように思います。
とはいえ、個人情報の正確性維持という点についてどこまで配慮したとしても、インターネット上のサービスでは、「異性交際希望者が児童でないことを確認しなければならない」という部分が、100%担保できるわけではなく(少なくともリアルな書類確認なしには)、サービス提供側としては、あくまで「できる限りの配慮をしています」という企業姿勢を見せるにとどまってしまうのは、やむをえないことなのでしょう。
私も含め、18歳未満者へのサービス開放を検討しているmixiなども、他人事ではない事例です。
サービスリリースのニュースをyahoo!トピックスで知り、覗いたときにはすでに炎上していたのだけれど、やはり閉鎖したようです。
「レイヤー上でガス抜きをすることで、ブログ本体の炎上を一定数阻止できるのではないか」と書いてありますが、サービス上では「ボヤを大火事に」など、完全に炎上を煽るキャッチもありましたし、ガス抜きが目的なのであれば、「本体サイト移動率2%」は十分な数字であるとも思えるので、閉鎖する必要は無いわけです。
いうまでも無く、予想外に自身のサービスが叩かれ、炎上してしまったための閉鎖と取って良いと思うのですが、こういう意味のわからない言い訳を公にしてしまうと、会社自体の信頼も崩れると思うのですが、いかがなものでしょう。
サービス提供事業者、特にユーザーに依存する部分の大きいコミュニティサービスは、信頼こそが推進力なのですから、もっと真摯な姿勢で取り組まないといけませんね。
以下、閉鎖のお知らせ全文を転載。
*11月20日から11月22日に炎ジョイをご利用いただきました皆様へ*
みなさまこんにちは、スパイダーネットワークスです。まず、ご協力サイト様以外で、炎ジョイが存在することでサイトが登録され不快な思いをされたサイトオーナー様に深くお詫び申し上げます。また、炎上サイトとしての登録をご協力をいただきました各サイトオーナー様にお礼申し上げます。
先ほど各メディア様に発表いたしましたように、今回当社毒ラボにて、公開いたしました炎上ソーシャルブックマーク-炎ジョイについてご説明申し上げます。もともと当社で、左上にロゴにあります面白い記事や画像にレイヤー上でコメントを賛成・反対にわかれディスカッションする炎ジョイを開発しておりました。
その中で、こういったレイヤーを張ってその上から文字を書くことによって、現在、言われている炎上をブログなど本体に行かずに、レイヤー上でガス抜きをすることで、ブログ本体の炎上を一定数阻止できるのではないか、という意見がでました。といいますのも、現在行われている多くの炎上において、それに参加している多くのユーザーの方々は、多くのコメントがあるために、読んでいるうちに自分も書き込み、それが結果として、炎上という事態になっているのではないかと考えました。
そこで、当初予定していた炎ジョイのロゴ、説明文、アイコンなどを、炎上情報をブックマーク風にし、煽るようなサイトに急遽変更し、炎上に興味を持っているユーザー層の方々に炎ジョイを炎上していただけるようにしました。そして、レイヤー上でコメントを書かれたユーザーの方が、白兵戦のボタンを押して、そのご協力いただいたサイト様本体に行くかどうかのデータをクッキーにて集めさせていただきました。
ただ、反響の大きさから、一般サイトさまへの被害の拡大が大きくなるため、サイト機能の停止と全投稿データの削除を行わせていただきました。調査の結果としましてはコメントを書き込んだユーザーの方の2%が直接行かれ、残りの方は、行かないというデータになりました。また、炎ジョイに関しましては、当初予定しておりました、面白いニュースや画像で討論する目的の炎ジョイになります。
最後になりますが、当サイトにより、ご協力いただいたサイト様以外に飛び火し、大変なご迷惑をおかけましたことと、不愉快な思いをされたサイトオーナー様および、誤解を与えてしまいました多くのユーザー様に、社員一同心からお詫び申し上げます。
以下に、今回のレイヤーによって炎上に受動的に参加しているユーザーの方が、サイト本体に行く割合の実験データを発表させていただきます。
集計期間:11月21日午後4時から11月22日午前11
訪問ユーザー数:141,491人
ページ閲覧数:899,908ページビュー
サイトからの直帰率27.59%
コメントを書き込んだユニークユーザーの数:20,315人
コメント総数:85,323コメント
1ユーザーあたりの平均コメント投稿数:約4コメント
コメントを記入したユーザーの本体サイト移動率:約2%
わが社の事業は、簡単に言うと、コミュニティを他社に提供することなのだけれど、主に営業メンバーなどは、一つのコミュニティを構築するにあたって、サービス内容を一から考え、組み立てたり、構築後、細かなトラフィックを分析したり、ユーザーの動きを肌で感じたり、自分自身がユーザーとして利用したり、といったことを経験していないケースが多い。
そういう部分で、客先での話に説得力がないのではと思い、そういったテーマとした次第です。
主な内容としては、コミュニティがユーザーに提供する「サービス」の設定から、それに基づくサイトの「構成要素」の洗い出し、構成要素から「機能」への落としこみといった、サイト設計手法や、企画、運営に当たってのポリシーの設定、構築後の担当者としてのサービスへの姿勢といったところが大きな流れです。
これについては、また後日、記事としてまとめておこうと思います。
なお、本日から、当サイトをHTMLからブログに以降しました。雑記なども、こちらに掲載していきます。
今後ともよろしくお願いします。
一口にコミュニティサイトといっても、多種多様な形態があり、あまたのサービスが存在する中で、ヒットを飛ばすのは難しいというのは明白であり、当然のことではある。
会員の囲い込みであるとか、企業のなにがしかの目的を満たすためのツールとしてという明確な意図がある場合は別だが、特別「コミュニティである必要」を感じていない企業が、そのような反応を示すのは、ほかとの差別化をしなければ勝てないというという、しごく当然の懸念がある以上、当然だろう。
しかしながら、実際にコミュニティサービスに多く触れている私自身の考えは、必ずしもそうではない。
面白い企画から生まれたサービス、いわゆる「尖った」サービスは、ネットリテラシの高いアーリーアダプタ層への受けはよく、一瞬にして広まる可能性を持っている。特に昨今は、やはり時代の風潮なのか、Web2.0的な要素を持っていること自体が、それらのユーザーに訴求するための、クリティカルパスになっているようだ。
だが、アーリーアダプタ層というのは、面白いサービスを見つけることや、早く知ること自体に興味を持ってはいるが、継続して使うという意思はあまり持っておらず、サービスを盛り上げるという目的にはマッチしないように見える。
もちろん、ツールとして便利なサービスであれば、継続して利用してもらうことも可能ではあるだろうが、より、コミュニケーションに比重が置かれているコミュニティサイトの場合、あまりメリットにはなりえない。
また、それらのユーザーの反応を意識しすぎたサービスは、もちろんすべてではないが、上述したようにWeb2.0的な要素を盛り込むことに終始する傾向があり、実際の利用シーン、広まり方を想定しているかという点において、疑問符がつくことが多い。
では、コミュニティにとって、重要なのは何なのだろうか?
コミュニティは生きている。人々が集い、コミュニケーションを行い、それらを楽しむことが、どのようなコミュニティにも共通して存在するニーズであると言える。
コミュニケーションを楽しむという目的において、面白い企画は、一つの要素ではあるかもしれないが、やはり、すべてにはなり得ない。
逆に、どんなに一般的な機能しかもっていなくても、ユーザーの利用シーンが想定しつくされ、一連の機能群がうまく連携を取る形で、大きなニーズを満たすべく存在することができれば、サービスとしては盛り上がっていくものだ。
これらは、実際に、過去、私が企画・提供してきた多くのサービスを通じて感じてきたことではあるが、しかしながら、コミュニティのあり方、成長の仕方を目の当たりにしたことのない方たちには、どんなに力説しても伝わりづらいことでもあるようだ。
コミュニティサービスの成功は、アイデア自体の面白さよりも、運用や、運用設計を見据えた企画にあると言えるだろう。
それだけ、ネットリテラシのあまり高くないユーザーも気軽に情報を発信できるようになった証拠であり、また、それだけ、そのような情報に対して多くのユーザーが関心を持つようになった証拠でもある。インターネット、コミュニティの普及という意味では、大変喜ばしいことだ。
そういう状況も踏まえて、ここで、ごく当たり前のことではあるが、炎上を回避するための基本的な考え方を一度整理しておこうと思う。
今回は「wikiに書かれた悪評に対する、間違った対応に起因する炎上」を考えよう。
さて、wikiとは、誰でも気軽に情報を提供できるインターネット上の事典のようなものである。
ユーザーの善意によって多くの情報が提供され、それをさらに多くのユーザーで共有することができる。一昔前には考えもしなかったような構造ではあるが、いまやなくてはならない貴重な存在となっているのはご存知の通りだ。WEB2.0の概念を端的に表す、代表的なサービスと言えるだろう。
基本的には「性善説」をベースとしており、編集者皆が善意に基づいて正しい情報を提供することが理想とされるわけだが、当然、中には誤った情報や、あるいは、悪意を持って書かれた虚偽の情報、嫌がらせや中傷、名誉毀損につながりかねない内容も含まれる。
ここで問題なのは、その内容をまったく疑うことなく信じてしまうユーザーが、意外なほど多いということだ。
そのため、悪意をもって書かれた情報の対象者、特に、これが企業や公人であれば、その社会的影響を憂慮し、何らかの対応をしようと躍起になる。
では、このような書き込みを受けた場合、あなたならどうするだろうか。
1.ブログやオフィシャルサイトを通じて、反論記事を発表する
2.何度悪意ある書き込みをされても、自分で正しい情報に編集し続ける
3.wikiの管理者に削除を依頼する
4.放置、傍観する
いかがであろう。
ここで、私の考える結論を述べると、1、2に関しては悪い対応例だと言える。3は対応されるのであればベストケースとなるが、対応してもらえない可能性も視野に入れておくべきだろう。取り急ぎの正しい解答例としては4となる。
では、その根拠について、順番に見ていこう。
1に関しては、既によほどの影響を与えてしまっているのであれば別だが、少々こっけいな印象を受ける。そもそも、wikiというのは「誤った情報が掲載される可能性がある」ことを前提としており、その記述が「誤っていた」からといって、わざわざ企業などが、公的な見解を出すこと自体、大げさではないだろうか。
wikiもブログも、いわば同じ、一ユーザーの書き込みであり、仮に一般ユーザーが書いたブログに対して、企業のオフィシャルサイトなどで反論記事を投稿するシチュエーションを考えれば、分かりやすいだろう。
また、公的に触れることで、仮に事実無根の情報だったとしても、「そういう書き込みがされていた事実」自体はより多くの人に伝わり、結果として、風評被害を大きくする原因となりかねない。
2に関しては、最悪の対応だと考える。一般的なコミュニティサイトにおける「荒らし行為への対応」を例にとってみれば分かりやすいのだが、荒らし行為に対して、同じユーザーの立場で批判や必要以上の反応を行うことは、荒らし行為を助長する結果となる。荒らし行為に対しては、「常に無視し続けること」のみが有効な対応方法だ。荒らされているユーザーに何の反応もない以上は、荒らし行為自体が成立し得ない。
自分が管理者である場合は状況が異なるが、つまり、「悪意ある書き込みに対して、同じwikiユーザーという立場で、削除し続ける行為」というのは、相手に対して、「悪意ある書き込み行為が一定の効果を得ている」ことを認識させる行為でもあり、さらなる悪意ある投稿を助長してしまう結果となるのだ。
このような行為を執拗に行うユーザーの中には、やはり時間を持て余しているユーザーも多く、そのような場合には、どうしても監視の時間間隔で負けてしまい、結果として、せっかく編集しているのに、不当な情報が表示されている時間の方が勝ってしまう、ようなことも想定される。
また、第三者に、このような、いたちごっこが行われていることを知られてしまうことで、その情報の事実如何に関わらず、「都合の悪い情報は隠す企業だ」という風評が広まってしまい、最悪炎上を招いてしまうことにもなるだろう。
さらに、削除編集作業をオフィスからやっていた場合、「企業ぐるみの隠蔽工作」などというレッテルを貼られてしまうことにもなりかねず、もはや影響範囲は計り知れない。
そういう意味で、もっともやってしまいそうな「削除、編集」という対応が、もっとも悪い対応であると考えられる。
3に関しては上述したとおりなので割愛しよう。
最後に、もっとも決断しづらい方法ではあるが、今回挙げた中では4が、もっともベターな対応例であると考えられる。消去法ではあるのだが、削除対応ができないのであれば、傍観するしかないという結論は分かりやすいだろう。
だが、書き込まれている内容が明らかに虚偽である以上、いずれ善意あるユーザーによって正しい情報に書き換えられるだろうし、もしくは、ほとぼりの冷めた頃に、自ら正しい情報に書き直すということも考えられる。一定の期間が経過していれば、よほど粘着質な性格の持ち主でもない限り、気づかれる可能性も極端に少なく、再編集されるリスクも小さい。
以上の理由から、wikiに不当な情報を書き込まれた際のもっとも理想的な対応例は、管理者への削除依頼を行った後、投稿自体は傍観し続けるということになる。
もちろん、そのような不正な情報が原因となって、社会的に大きな影響を与えてしまっている、あるいはブログ等の口コミで急速に広まっているようなであれば状況であれば、悠長なことは言っていられない。何度かの警告、もしくは削除依頼の後、法的手段に訴えることも検討が必要にはなるだろう。
自分に対する悪意ある書き込みを前にしたとき、人は意外と冷静さを失ってしまうもの。wikiの情報も、多くの情報の中の一記事であることを考えれば、多くの場合、その影響範囲は極端に恐れるほどのものではない(過小評価することも危険だが)。そういうときこそ、一度冷静になって状況を判断するよう日ごろから念頭においておこう。
最近のmixiは、「個人情報の取り扱いについては、あくまでユーザー自身の自己責任である」というスタンスを露出することに終始しているが、今回もそれをより明確にする機能追加であると言えるだろう。
アップデート後の事後報告という形で告知を行うことが通例となっているにも関わらず、この程度の小さな機能追加で事前告知を行っていることから、事態収拾に向けた運営側の努力や焦りが、如実に見て取れる。
(ところで、後者の事件に関しては、大学側が謝罪すること自体、陳腐な印象を受けてしまう。これもmixiというサービスの急速な成長に対して、社会が追いついていないことに起因するのだろうが、これについてはまた別途触れることにしたい)
さて、mixiでは、自分を表す情報として「名前」と「ニックネーム」の二種類を登録することになっているが、mixiや、いわゆるSNS以外のこれまでのコミュニティサービスでは、ニックネーム以外に登録する氏名などの情報は、非公開情報として扱われてきた。そうでなければ、名前とニックネームの差別化が図れないし、そもそもインターネットで実名を公開するのは危険だという認識が、運営側にも利用者側にも、暗黙の、いや、公然の了解であったからだ。
しかし、SNSというサービスの多くは、それを真っ向から否定してきた。そして、SNSで初めてコミュニティサービスに参加したユーザーは、それを当然のこととして受け止めてしまった。mixiが急速に巨大化した結果、あまりリテラシの高いとはいえない多くの初心者ユーザーがこの落とし穴にはまり、公然の了解であった「実名の扱い」が崩れ去りつつあることが、このような事件を助長していると言えるだろう。
先日、mixiは「実名登録は義務付けていない」ということを告知したが、自分を表す情報として、「名前」と「ニックネーム」を登録させる仕様である以上、結果として本名登録を促しているようなものであるし、逆にそうでなければ、二種類の情報を登録させるという仕様に意味がなくなってしまう。
現段階でのmixiが公にしている見解は以下のようなものだ。
1.本名で登録することで、昔の友人、知人から発見されやすくなり、思いがけない再会ができる可能性がある
2.しかし、本名での登録は強制ではない
3.自分ではない別人の名前を付けると「なりすまし」や「騙り」行為と見なされてしまう場合がある
⇒要するに、偽名登録の場合、なりすましや煽りと判断すれば、しかるべき処罰を行う可能性があるということを示唆している
4.名前が本名である場合を想定して、友達や友達の友達にしか公開されないような公開レベル設定機能を追加する
⇒この場合、本名を登録しても、昔の友人、知人からは発見されなくなってしまう
すでにさまざまな矛盾が生じていることがお分かりだろうか。後付けでポリシー設定しつづけたた結果、「名前」の位置づけがますます微妙なものになっているのだ。
個人情報の公開は「ユーザー各位の自己責任」というスタンスを明確にしつつあるmixiではあるが、これで個人情報が絡む事件がなくなるとは想像しがたい。
もちろん、当然、このような事件が起きたからといって、mixiが「個人情報の流出」という名目で法的に罰せられることはないが、上場企業としてのイメージや、株価・広告収益への影響は無視できるものではないだろう。
今後、「名前」情報の存在自体が微妙なものとなり、また、トラブルをより助長していると判断されることにでもなれば、最終的に情報自体が削除、あるいは完全非公開化されていくのではないかと思う。もし本当にそうなれば、SNSの根本を揺るがしかねないが、あながち、あり得ないとも言えないのではないだろうか。
インターネットで「特定個人」が発言することは、それなりの高いリテラシを必要とするものだということを、われわれは、改めて認識しなければならない。
ZAKZAK アイドル級の美人彼女「お宝写真」が大流出!? より引用
--引用開始--
経営再建中の三洋電機(大阪府守口市)の社員がファイル共有ソフトで内部資料や社員名簿を流出させたことが6日、分かった。
それだけならまだしも、清純派アイドル級美貌を持つ恋人が「開マン」している写真も混じっていたため、さあ大変。
ソーシャルネットワークサービス「mixi(ミクシィ)」の個人サイトが割り出され、恋人のプライバシーをさらけ出す大問題に発展している。
ファイルを流出させたのは同社の技術系部門に勤務する20代の男性社員。
内部の「技術レポート」のほか、所属する部署や同社男子バレー部の名簿など多数の資料を流出させた。
三洋電機によると、顧客の個人情報や取引先の情報の流出は現段階で確認されていないという。
ファイル共有ソフト「Share(シェア)」の暴露ウイルスが社員の自宅にあるパソコンに感染、今月2日ごろに流出したとみられる。
「通常、この程度の情報流出ではあまり話題にならない。
しかし、超カワイイ彼女の裸体が『秘密』フォルダに含まれていた。
そのうち2枚は完全な“ご開帳”だったので、ネット上は大騒ぎとなった」(ITライター)
--引用終了--
(なお、引用元記事は既に削除済み)
さて、既に2chやブログなどを中心に大きく話題となっているが、この事件による影響とはどのようなものなのだろうか。
一点目は、あえて触れるまでもないことだが、先日上場したばかりの株式会社ミクシィの株価への影響だ。事件以後、急落しているのが見て取れる。
mixi株価(Yahooファイナンス)
株価の影響を見れば分かるように、すでに風評も広範囲に伝わっており、収益の柱となっている広告事業や、今後の会員数増加への障壁が心配されるところだ。
先日書いた記事「mixi公認コミュニティの炎上はなぜ起こったか」で触れた、ドコモPR用mixi公認コミュニティの炎上問題といい、mixiにとっては頭の痛いところだろう。
そして本題は二点目なのだが、これまでそれほど大きな問題としては表面化していなかった「本名登録推奨」という運営方針そのものについてだ。
今回の事件はまさに、「匿名サービスと実名サービス」にて触れた懸念点が現実化した格好となっている。
該当記事においては、特にインターネット初心者が、「本名登録制だから安心」という「表面的」な理由だけで自らの個人情報を垂れ流すこと、さらにはサービス提供側の「実名で利用してください。でも、個人情報に関連するトラブルは自分で責任を持ってください。」という隠れたスタンスについて警鐘を鳴らした。
これまで、mixiにおいては、本名登録の危険性について公的に触れることはなかったようだが、さすがに今回の事件で気づいたのか、あるいは認識しつつも運営元としては触れたくなかったのかは分からないが(間違いなく後者であろうが)、本日11日、お知らせにて公式に利用ガイドライン設置に関するアナウンスがあった。
Q.名前の欄には本名を載せてよいでしょうか?
該当ページでは、本名登録におけるメリットをあげつつも、個人情報を公開することの危険性について触れ、抵抗がある場合はニックネーム等で登録するよう案内している。また、本名登録については強制ではない旨を記述することで、本名登録は推奨しつつ、最終判断は自己責任であるという「隠れたスタンス」を明確にした文書となっている。
文章の書き方から、苦渋の告知であることが伺えるが、現時点で被害を最小限に食い止めるに当たっては、ベターな対応であると言えよう。
しかしながら、いかんせん、やはり対応が遅かった感は否めない。少なくとも、サービスがここまで大きくなる前、言ってみれば「本名推奨」というスタンスを取っている時点で予想できることであり、これまでのさまざまなトラブルに対する運営側の後手後手の対応を、改めて印象付けた格好だ。
また、この案内は、裏を取れば虚偽登録を認める内容であり、mixiプライバシーポリシーに記載されている「6. 個人情報の適切な保護」における「ユーザーの個人情報の正確性の維持のために適切な処置を行う」という趣旨の文面にも相反する告知なのではないかとも考えられ、今後の運営にまた一つ問題を残した対応であると言えるだろう。
細かい点を言えば、虚偽登録を認めたことによって、ユーザー間のトラブル対応に障壁ができたことも確かだ。上記したガイドラインにて下記のように記載されているのは、それに対する精一杯のリスクヘッジである。
mixi ご利用上の注意事項より引用
--引用開始--
※自分以外の名前を付けると「なりすまし」や「騙り」行為と見なされてしまう場合がございますので、十分ご注意ください。
--引用終了--
いずれにせよ、苦しい対応であったことは否めない。今回の事件はまだまだ尾を引きそうだが、今後のmixiの動向に注目してみたい。
広義の意味では、サイト利用者が何かしらの言葉や痕跡を残していくというフロー、ユーザー参加型という形が存在しさえすれば、コミュニティと呼んで差し支えないだろう。レビューサイトやソーシャルブックマークサイト、ニュース記事投稿サイトなどもコミュニティの一つだ。
とはいえ、コミュニティのもっとも本質的な要素といえば、やはり「コミュニケーション」であることは間違いない。
私が愛してやまないのも、この「純粋にコミュニケーションを楽しむためのコミュニティサービス」である。広義の意味のコミュニティサービスと差別化する意味で、以下、「コミュニケーションサービス」と呼ばせていただこう。
さて、企業がコミュニティサービスを構築しようという段階で、他と差別化できる便利なツール、尖った特徴や面白い発想が必要だとか、そういう議論になることが多い。
もちろんそれは当然であり、幾多のコミュニティサービスが存在する中、何の特徴もなしにユーザーを集めることが難しいのも確かだ。
しかし、私は、それらの論理は、コミュニケーションサービスにおいて、少なくとも「マストではない」のではないかと考えている。
なぜなら、コミュニケーションサービスにおいて、ユーザーが求めるのは、「コミュニケーション」そのものだからだ。
コミュニケーションをより楽しむための要素が最重要であり、また、いかに便利な機能であっても、コミュニケーションを阻害する要素を少しでも持っているのであれば、実装しないという勇気を持つことも時には必要となってくる。
さて、この要素とは、下記のような点に集約される。
1.単純さ、簡単さ
インターネットの裾野はまだまだ広がり続けており、インターネット初心者層もさらに増加している。さらに、その初心者層も、インターネットを使い続けていれば上級者になれるかといえばそうでもなく、「永遠の初心者」であり続けるユーザーも存在する。
実際にサービスを提供する中での実感だが、「ネットでの純粋なコミュニケーション」を求める層というのは、この初心者層から脱せないユーザーの割合が、他のサービスに比べて多いように見える。
そういったターゲットを取り込むためには、便利だけど複雑な機能よりも、どういうサービスなのかが単純に分かり、簡単に利用できるサービスであることが、まず求められる要素だろう。
2.コミュニケーションする相手が常に存在する状態、他者との繋がり安さ
コミュニケーションを求めるユーザーに必要なのは、当然コミュニケーションをする相手である。ユーザーとユーザーをいかにつなげられるか、これは思った以上に重要だ。
ツールと場所だけを提供し、「はいどうぞ」では、コミュニケーションは成り立たない。ユーザー自身が、明示的に相手を求めなくても、自然に誰かと会話が始まる、いつのまにか誰かと繋がっている。サービス設計時に、そういった細かな配慮が必要だ。
3.誰にもコミュニケーションを邪魔されない環境
さて、上記2点を満たした上で、さらに必要なのがこの要素である。ここで示唆しているのは、いわゆる荒らし行為の存在だ。
せっかく誰かとつながり、コミュニケーションを行おうとした矢先に、それを邪魔されてしまってはコミュニケーションどころではない。コミュニケーションを求めているユーザーから、コミュニケーションを奪うようなものであり、サービスを利用する意義を失ってしまいかねない。
また、初心者ユーザーであればあるほど、荒し行為に直面したときに受ける影響は大きいことも理由の一つである。
コミュニティに荒し行為は必要悪であるという考え方もあるが、「コミュニケーションを求めているユーザーがコミュニケーションを邪魔される」というシチュエーションを考えれば、少なくともそこはブロックしてあげねばならないはずだ。
無論、全ての荒し行為を完全にシャットアウトすることは不可能であるが、ユーザー本人による自衛機能、ユーザー全体による自治機能、さらには運営側の監視体制、投稿削除や利用禁止における判断ロジックの統一といった要素をサービスに取り込むことで、より健全に、安心してコミュニケーションを楽しむことができる環境を用意することは可能だ。
いかに荒し行為を排除していけるかが、コミュニケーションサービスの成功のカギだと言えるだろう。
4.自分の居場所
コミュニケーションサービスとはいえ、常に新しい出会いを求め続けるユーザーは少ない。広くコミュニケーションを図っていく上で、次第に自分のコミュニティを形成していくのが通常のコミュニケーションサービスの利用フローだ。
サービスを利用する中で、自然に「自分がいるべき場所」を認識させられる仕組みを提供しなければならない。
居場所ができれば、人はそこに定住し、そこを基点に「落ち着いて、安心して」コミュニケーションを楽しむことができる。より長く楽しんでもらうためには、これが重要な要素だと言えるだろう。
1.単純さ、簡単さ
2.コミュニケーションする相手が常に存在する状態、他者との繋がり安さ
3.誰にもコミュニケーションを邪魔されない環境
4.自分の居場所
以上が、コミュニケーションサービスにとって必要な要素であるが、漠然としている点は、成功例を見てみれば分かりやすい。
たとえばmixiでは、「日記を書く」「友達の日記を読む」という単純な目的があり、グローバルメニューなども完全固定、日記を書くインターフェイスもシンプル過ぎるほどシンプルにした点で分かりやすさも満たしている。
上級者にターゲットを絞れば、自分が利用できないメニューなどは非表示してしまうことを考え勝ちだ。しかし、分かりやすさを重視し、「グローバルメニューは完全固定」「利用できないメニューをクリックした際はエラーメッセージ」という上級者にとっては不親切な設計をあえて実装しているところに、mixiの一貫した意思が見て取れる。
また、招待制というところで、他者とのつながりやすさやコミュニケーションする相手が常に存在する環境を実現した。
さらに、実名制、あるいは実名ではなくても自分の実社会の人間関係を持ち込むことによって、ある程度未然に荒し行為を防ぐことを可能にしたし、ID単位でのアクセスブロックや閲覧権限の設定などにより、ユーザー自身による自衛という要素も満たしている。
4点目に関しても、自分の友人を常にマイページ上に表示し、自分のコミュニケーション範囲、「自分の居場所」を直感的に認識させた。また、サービス内のコミュニティに参加すれば、さらに明確に居場所を意識することができる。
単純な日記サービスであるmixiが成功した一因として、このような要素も考えられるだろう。
自身のサービスにおいても、このような要素をより満たせられるよう引き続き設計して行くつもりだし、していかねばならないだろう。ネットにおけるコミュニケーションは知れば知るほど深く、そして面白い。
