ネットコミュニティコラムの最近のブログ記事

FacebookやGoogle+が花盛りな昨今、なぜにいまさら!? という感じですが、誰も触れなくなった今だからこそ、Twitterが、これほどまでにパワフルに広がった理由を、少し考察してみたいと思います。

Twitterは三つの障壁を極限まで撤廃したことが、従来のSNSやコミュニティサービスと異なっていると考えています。

その障壁とは、


サイワールド日本版が8月に終了。韓国本社の方針変更を受け

まったくノーマークでしたが(というか、このニュースを聞くまで、サイワールドが日本展開していたことすら忘れていました)、韓国大手のコミュニティサービスサイワールドも、2009年8月21日での終了・閉鎖を発表したそうです。

以下、終了のお知らせより抜粋。

http://jp.cyworld.com/mycyworld/notice_read.php?postid=393
会員の皆様に残念なお知らせをしなければなりません。
2009年8月21日(月)をもちまして、日本サイワールドはサービスを終了することとなりました。

5月26日のサーバーメンテナンス以降、多数のエラーが発生し
会員の皆様には多大なるご迷惑をおかけいたしておりました。
サービス終了に向けての準備段階としての作業でしたが、
予想外の障害が発生する事態となってしまいました。
復旧のためできる限り手を尽くしてまいりましたが、既にサーバーを移転しており
サービス終了時までこれ以上の改善は見込めない状況です。

諸般の事情により、会員の皆様に現状のご報告をすることがなかなか叶わず
お知らせが遅れたためにさらなるご心配をおかけしてしまったことを深くお詫びいたします。
本当に申し訳ございませんでした。

サイワールド存続に向けての応援やお心遣い、ご叱責などたくさんのメッセージを頂戴いたしましたが
弊社の力不足のためにお応えすることができず、大変に心苦しい気持ちでいっぱいです。
皆様のご期待に沿うことができず、本当に申し訳ございません。

気になったのが二点。

一点目は、冒頭の記事にもあった

2008年5月のリニューアルで、韓国の芸能やニュースなどの最新情報を発信するなど、「韓国が好きな人々が集まるSNS」へとサービスコンセプトを変更していた。

という部分。

昨年時点でサービス開始3年が経過し、10万人に満たない会員しか獲得できていなかった現状からの打開策を、という形での方向転換だったのでしょうが、完全に迷走しているように見受けられました。

本家韓国サイワールドと、どういった差別化をしたのか、あるいはそのまま展開していたのか、まったく情報を持っていないので分かりませんが、いずれにしても、既にmixiの一強体制に近づいていた当時の日本市場において、何らかの魅力を感じさせることができなかったということなのでしょう。

これで、いわゆる「ホムピィ」スタイルを採用&打ち出しているサービスは、ほぼ淘汰された格好かなと思います。
2000年代最初の5年は、インターネット先進国であった韓国からローカライズされるコミュニティサービスが多くありましたが、SayClubしかり、CURURU(似た意味ではcafestaもですが)しかり、次々と終焉を迎えていますね。

さて、2005年当時に、サイワールドとCURURUについて、徳力さんが書かれたFPNの記事がありました。

 ITmediaの記事にもあるように、CURURUやサイワールドは、広告収入を中心とするmixiやGREEと異なり、アバターの関連オプションを優良にすることで収入を得るというビジネスモデルを取るようです。
 韓国のサイワールドでは実際にこのビジネスが非常に上手くまわっているように聞いていますが、はたして日本でもバーチャルなオプションに対してお金を払うというビジネスが上手くいくのかどうか。
(そういえば、日本にも他にもアバターサービスっていろいろありますけど、それぞれ盛り上がってるんでしょうか・・・・?どうもその辺の知識は弱いです)
 ITmediaの記事によると、CURURUは、Naverブログが「成功して」利用者が集められたのに収入が思ったように得られなかったので、SNSモデルに移行したのだとか。
 固定インターネットのデジタルコンテンツにはなかなかお金が落ちないといわれる日本で、新しい事例を作れるのか。やっぱり日本ではだめだったと振り返られてしまうのか。 

結果だけをみると、「やっぱり日本ではだめだった」という振り返りになりそうですね。
PCでの課金モデルで成功しているコミュニティサイトは、同じ韓国系のハンゲーム(ゲームポータルが主ですが)ぐらいでしょうか。
僕自身、前職でかかわっていた、デジタルコンテンツへの課金をビジネスモデルとした日本発のサービスも同じように失敗しましたしね。

// GREEのモバゲー化も、当時は予想だにできませんでしたが(笑)

それから、気になる二点目はこちら。

復旧のためできる限り手を尽くしてまいりましたが、既にサーバーを移転しており
サービス終了時までこれ以上の改善は見込めない状況です。

上述の記事でも触れましたが、DOBLOGの終了経緯に近い負のイメージのまま、終了してしまうようです。
まあ、終了するサービスに、これ以上のリソースを割いてまで……という判断は、今回のオペレーションにおける戦術上は正しいのでしょうが、こういうことをやってしまうと、今後、もう一度日本市場へ展開しようと考えた時に、多少なりとも影響があるでしょうね。戦略上どうなのかと。少なくとも、僕はそう感じます。

さて、すでに時は2009年。

2005年~2010年の5年間がどういった時代だったと後に振りかえられることになるのかは分かりませんが、ようやく、ネットコミュニティサービスの勃興期からは抜け出したようにも感じています。

淘汰されゆくサービスの多い中、現時点で、着実にユーザの支持を集め、かつ十分な収益を上げているサービスに関わっていることを、自分自身感謝しつつ、次の10年、あるいは次の5年を見極めていかなければならないと、改めて感じました。
中の人からの宣伝ご好意で、本日開始のNAVERのクローズドβに参加させていただきました。

以下、公式ブログより
http://naverland.naver.jp/?p=259
ネイバージャパン株式会社は、2009年6月15日(月)12:00より、
インターネット検索サービス「NAVER(ネイバー)」の
クローズドβサービス(先行体験版)を参加者限定にて、
公開いたしましたのでお知らせいたします。
今後は、クローズドβサービスを一定期間運営しながら
参加ユーザーと共に改善を行った後、
2009年夏までに一般公開サービスへ移行する予定です。

NAVERはもともとNHNが韓国で提供している検索サービスですが、本家「NAVER.com」の規模は、訪問者数が1700万人/日、ページビュー(PV)数が10億PV/日。全世界の検索市場におけるシェアは第5位とのこと。

ちなみに、弊社が運営する全サービスの合計で、かつ、月間の数字で、ざっくり訪問者数が600万人、PVが3億弱といったところですから、その規模の大きさがうかがい知れます(こうしてみると、訪問者数対PVの割合って、同じぐらいですね)。

詳しいキャプや機能の紹介については、CNETのNAVERの正体は高機能な検索コミュニティ--クローズドベータ版を公開にて詳しく紹介されていますので、そちらをご参照ください。

韓国では、検索といえば、Googleでもyahoo!でもMSNでも、当然baiduでもなく、「検索=NAVER」という図式のようですが、日本市場への展開は、かつて一度失敗し、撤退しています(一度目は2005年に撤退)。僕自身は、当時のサービスも、本家韓国のサービスもほとんど知らないわけですが、せっかくのクローズドβということなので、とりあえず少し使ってみた感想をば。そんな知識レベルという前提で、以下ご覧ください。

さて、昨年、再展開の話を聞いてから楽しみにしていましたが、ようやくといった感じですね。

今回のキモは「まとめ」機能なのですかね。特定のキーワードで検索したときに、利用者が自由にそのキーワードに関連するまとめページを作成でき、それを他の利用者と共有することで、オープンソース的にそのページのコンテンツを作っていくという形。

wikiに近いものを、外部ではなく、内部のコンテンツとしてつくるイメージで考えれば良いと思います。


スナップショットや名試合動画など、テーマあるまとめページを作れます。 

あとは、他の検索エンジンとの差別化という意味では、そもそも本家韓国で元祖らしいですが「統合検索」というのがデフォルトとなっています。結果には、検索タブにある「ウェブ、画像、動画、ブログ、口コミ、テーマ」といったカテゴリの検索結果の他に、Q&A系サービスの検索結果や、トレンドランキング、関連検索語といったコンテンツが同時に表示されます。もちろん、各カテゴリごとの検索も可能です。

いわゆる「ユニバーサル検索」に近いイメージですが、Googleやyahoo!のそれが、既存のウェブ検索の検索結果を基礎とした上で、その質や利便性を少しでも高めようという意識の元に他の要素を織り交ぜ初めているのに対し、NAVERのそれは、そもそも、ウェブ検索だけに必要以上の役割を担わせることなく、検索するユーザそれぞれに異なるであろうニーズに向けて、異なる切り口の検索結果を、それぞれ同等に近い価値を付与した状態で提供する(とはいえ、ウェブ検索の比重はどうしても大きくなりますが、意識としては、そういうものだと感じました)という点において異なります。

また、各カテゴリごとの検索では、ページ上部に、ワンクリックで検索結果をカスタマイズできるオプションメニューが設置されています。ウェブ検索で言うと、表示件数の変更や、表示順の変更(関連度順、更新日時順)といったもの。動画であれば、再生時間別に絞り込みができます。それ以上のオプションも、GoogleやYahoo!と違って画面遷移することなく設定できるようでした。これは非常に便利です。

検索結果の表示についていうと、一部、titleタグに指定されたキーワードではないものが表示されるケースがあるようです。いわゆるサイト名と、SEOなどを意識して入れられたサイト名以外のキーワードを認識しているのかもしれません。yahoo!検索の検索結果に、yahoo!カテゴリの登録名が表示されるのと同じイメージ。どういうロジックで取得しているのかは分かりませんでした。

また、どうしてもメインに見られがちなウェブ検索の検索結果の精度についてですが、これは、ちょっと使ってみた感じは可もなく不可もなくといったイメージです。たまに変な検索結果が混ざっているようにも思いますが、全体として、すごく精度が悪いとも言えず。もう少し実際に使ってみないと分かりませんね。もしくは、専門家の方のエントリーを参考にしたいところです。本家韓国では、通常のウェブ検索の精度はどういった評価なんでしょうか?

ただ、インデックスされていないサイトもちらほら目につきましたので、クローラの精度は気になるところです。yahoo!のトップページのキャッシュですら、現時点で、日付が4月22日でしたし。最近はGoogleのクローラのクロールスピードが本当にすごいですから、そこで差をつけられると痛いでしょうね。

独自の面白い機能としては、テーマカテゴリにある人物ファインダー。





カテゴリや出身、性別、年齢などの条件を選択すると、それにマッチする人物の画像を自動的に一覧してくれます。マウスホイールで左右に移動できるのですが、ajaxライクな動きもスムーズでgood。多少色もの的な印象もありますが、この機能に限らず、Googleと真っ向から勝負するのではなく、何とかして独自性をというスタンスは随所に垣間見れます。

あと、ふれておきたいのが、別途ダウンロードが必要ですが、専用のツールバーです。複数の検索エンジンを選択して検索できる機能や、画面キャプチャ、キーワードをハイライトするといった機能がデフォルトで搭載されていました。今のところIEのみみたいなので、chrome派の僕はなかなか使う機会がなさそうですが、これは使い勝手が良いです。

と、割と多機能なのであまり使いこなせていない状態ですが、全体的に好感触です。UIもかなり練った様子が見て取れ、操作性という点では不満はほとんどありませんでした。むしろ、このクオリティは、検索エンジン云々は置いておいて、非常に良いです。

設計という観点から見ても、遊び心と、実用性の両方が十分に意識されており、これも、それぞれ高いクオリティです。関連性ある情報への誘導もこまめにされている印象で、サービス内の回遊性も高いと感じました。

ウェブ検索の精度がどの程度かにも大きく左右されますが、ystと同程度レベルのものであれば、独自性という点で、十分国内の検索エンジン市場で勝負できそうな期待感を持たせてくれました。少なくとも、現時点で独自機能のないBingよりは伸び白があるでしょうね。

ターゲット的には、yahoo!検索をデフォルトで使っているようなユーザーが、この段階でNAVERに自発的に乗り換えるケースはあまり想像できませんから、初動としては、Google検索をデフォルトで使っている若干リテラシの高いユーザに対して、セカンド検索として、yahoo!ではなくNAVERをといった訴求の仕方で広めていく方がよかもしれません。少なくとも、ウェブ検索の精度自体でGoogleに勝負を挑むのが厳しいのは認識されているはずですし、、だからこそ、独自性という点を意識した設計になっているはずです。

いずれにしても、キモである「まとめ」機能に対して、どれだけのコンテンツを蓄積できるかという部分が勝負所でしょうから、そこへのロイヤルティの高いユーザの囲い込みも最優先で動いてくるでしょう。「まとめ」への、スパムや営利目的の投稿への対策をどのように考えているのかも注目です。

うまくいけば、遠くない将来に国内3位の位置は見えてくるかもしれませんし、検索エンジンというよりは、コミュニティの側面も非常に強いですから、独自のポジションを築く可能性にも期待したいところです。

それにしても、昨今、これだけウェブサービスが淘汰されゆく時勢の中(同社のCURURUもしかりですが)、これだけのスケールインパクトで攻めてくる姿はすがすがしさを通り越して、ワクワクします。ここ数年、この規模での展開はほとんど聞いた覚えがありません。成功するにしても、失敗するにしても、今後が楽しみなサービスです。
「コミュニティサイト 立ち上げ費用」といったキーワードで当ブログにアクセスいただいている方がいらっしゃるようですが、まったく目的を満たせないエントリーにたどりついているようでして、せっかくなので、触れておきます。

さて、一口にコミュニティサイト、SNSといっても様々な要件があると思いますので、ピンキリです。

と言ってしまうといきなり終わってしまいますね^^;

まず、一番ニーズが大きいのは、フルスクラッチでの構築でしょう。フルスクラッチというのは、お客さんのニーズに合わせて、全てを1から製造する開発方法のことです。全てを一から作りますので、これが一番予算がかかります。

たとえば、mixiの初期の頃の機能一式(ざっくり、会員システムと、招待、プロフィール、日記、コミュニティ、メッセージ、あしあと ぐらいでしょうか)をフルスクラッチで構築しようとすると、概算で2500~4000万といったところでしょう。今は、mixiの機能は相当拡張されていますから、全く同じものを作ろうとすると、軽く億を超える金額に跳ね上がると思います。

これに、たとえばメッセンジャーツールや、チャットなんかのリアルタイム性の高いコミュニケーション機能を入れようとすると、それだけで数百万~1000万近い見積もりがアドオンされて出てくるでしょう。

管理ツールをどこまで充実させるかも、結構、見積もりの上ブレ、下ブレ要因になります。これは後ほど少し触れます。

また、PCだけでなくモバイルにも対応したい、と言った場合は、PCの初期構築の7~8割ぐらいの予算が別途かかると思った方がいいです。機能が同じでも、開発的にはほとんど流用できる部分はありませんので、結局一からモバイル用のプログラムを書くことになります。

では、フルスクラッチでない場合はどうでしょう。良くあるパターンとしては、パッケージをベースにカスタマイズするケースですね。たとえば、OPEN PNEなどのオープンソースのものを使う事例です。

こういった場合だと、開発予算はぐんと安くなります。機能はほとんどそのまま使って、自社の会員組織とのDBのつなぎこみとデザインだけ、といったパターンであれば、1000万を切る(要件によっては500万を切る)見積もりが出てくるケースが多いのではないでしょうか。

デメリットとしては、既存の機能を無理にカスタマイズしようとしたり、新しい機能をアドオンしようとした場合に、逆に見積もりが高くなってしまったり、将来的な拡張性がなくなってしまうという点があります。

また、使うパッケージのクオリティに、最終的な成果物が左右されますので、どういうパッケージを使ってカスタマイズするのかを事前にしっかり確認すべきです。

いずれにしても、プロジェクトの性質をしっかり見極めた上で検討する必要があります。

以上のケースは、ある程度しっかりとした体制でプロジェクトを進めてくれるような企業や、上場企業の前提です。未上場企業や、たとえば個人の場合は、人月単価が大きく下がるはずですので、だいぶリーズナブルな見積もりになると思います。

単純にユーザーを囲い込む入れ物としてのコミュニティシステムがあればいい、といったパターンであれば、SO-NET SNS のような無料のものもありますが、企業がコミュニティサイトやSNSを構築するといった場合に使えるケースはほとんどないでしょう。

他のパターン、たとえば社内のイントラとして使いたいといったケースですと、社内SNSといったジャンルでASPで、初期数十万、月額数万円といった価格から利用できるものがあります。

さて、以上が初期開発を外注したときの費用です。

しかし、それ以外に、初年度の予算としては、プロモーションや運営といったところの予算が必要になります。

プロモはまさしくピンキリでしょうね。リスティングのみでコツコツやるパターンもあれば、月に数百、数千万といった予算をかけてプロモ計画を立てられる企業さんもいらっしゃいます。

これまでの経験では、プロジェクトとして、速やかな成長を義務図けられている場合を除いて、プロモ予算は必要最小限にとどめておくべきです(ほとんどは、義務付けられてしまっているのでしょうが……)。

コミュニティサービスの初動は、まずコアとなるユーザーを作り、サービスの方向性を固めることが重要ですから、それがない状態で、急激に人を入れてもなかなかうまくいきません。ユーザーも混乱するし、サービス提供側も、核を見失う結果になることが多いように思います。

逆に、僕も含めて、僕の周りで良いコミュニティを運営されている方は、3~5年といった数年スパンでの長い期間をかけて、コツコツ成長させている方が多いように思います。

もちろん、ユーザーのニーズが明確に見えていて、サービスとして提供されるものも、その核となるニーズに限定されているようなケースでは、初年度から大規模なプロモで成功するケースもあります。ですが、社内にネットコミュニティサービスの運営ノウハウがない状態だと厳しいでしょうね。ノウハウがある場合は、「コミュニティサイト 立ち上げ費用」といったキーワードで検索することもないでしょうし^^;

ちなみに、あなたのプロジェクトが、事業計画として初年度からの収益化を目指しているのであれば、そもそもコミュニティやSNSといった枠組みで考えること自体に、疑問を抱くべきかもしれません。本業があり、それをフォローするためのツールとして考えるのであれば、それは実に良いことだと思いますが、コミュニティ単体で、あるいは本業と連携する形であってもコミュニティそれ自身での収益化を考えているのであれば、初年度に関して言えば、かなり険しい道が待っていると考える方が自然でしょう。コミュニティ単独で、大規模な投資を行って成功した事例は、それほど多くはないです。

例外は当然ありますが、ユーザーにも、プロジェクトにも、大きな負荷がかかるのは容易に想像ができます。

なお、「コツコツ」前提で、初年度のプロモ予算を考えますと、yahoo!ビジネスエクスプレスへの審査料と、他に使うとしてもアドワーズ、リスティングに月間5~10万円といったレベルが妥当なのではないでしょうか。アドワーズ、リスティングは外出しするのではなく、ノウハウを社内にためる方が、後々強みになりますので、できる限り社内リソースを使うべきです。同じように、あとは、検索エンジン対策に注力する人材も確保しておきます。あなた自身が取り組める環境を整えるというのでもOKです。

また、運営コストも念頭に置きます。

具体的に何をするかというと、投稿監視とユーザーサポートや、ユーザーに発信する情報(お知らせや、配信システムがあるのであればメールマガジンの発行など)、サービスの利用状況の分析がメインになりますが、初年度は、まずほとんど手はかかりません(大規模なプロモを行っている場合を除き)。

たとえば、過去の事例で言うと、月2~5百万程度のプロモ予算を使っていたサービスでも、初年度は、1年経過時点でも、問い合わせが日に10件前後、日記書き込みも、日に数百件レベルでした。会員数で言うと、1年で数万名ほどになりましたが、会員数を事業計画に入れてしまっていため、とにかく数を集めればいいというプロモを行ってしまった結果、非常にアクティブ率の低い会員ばかりになってしまい、問い合わせも書き込みもそれほど増えなかったという裏話もあります。

さすがに、これはサービスとしては失敗事例ですが、コツコツ型の運営でしたら、初年度はこの程度の規模をイメージしておけば、大きくは上ブレしないと思います。よほどヒットすれば別ですが、その時はその時でうれしい悲鳴ということで。

さて、監視やサポートを外出しする場合、このレベルであれば、監視とサポート合わせて月10~30万ぐらいが相場でしょう。

ただ、初期の監視やサポートは、アドワーズ、リスティングと同じで、できる限り社内で持つべきです。

ローンチ直後のサービスは、ユーザーの動きをしっかりと把握したうえで、次のアクションを検討する必要がありますが、外出ししてしまうと、仮に定期的なレポートをもらったとしても、どうしても細かな情報は入ってきづらいですし、社内にノウハウがたまりません。外注の場合は画一的な対応に終始しますので、小さいサービスならではの、ユーザーとの近い距離感も築けないです。

仮に、あなた自身が対応するにしても、慣れれば、日に1時間もあれば対応できるレベルですので、予算を取るというよりも、あなた自身が対応できる体制を整える、あるいは、営業日に毎日3時間程度作業が可能なアルバイトを、あなたの部下として雇う方が、将来的にはよいでしょう。アルバイトなら、初期の採用に費用がかかりますが、ランニングとしては、時給1000円×3時間×20日=6万円程度ですから、ノウハウが自社にたまり、フレキシブルに対応できるというメリットも合わせて考えれば、外注するよりもはるかにいいです。

もちろん、全くノウハウのない状態で、そういった取り組みを始める場合、当初は試行錯誤が続きますし、間違った対応を行ってしまうケースもあるかと思います。しかし、それも含めて、「ユーザーと一緒に成長するサービス」というスタンスで、取り組む姿勢で望むのもいいのではないかと思います。

ただし、一点だけ例外があります。モバイルサイトの場合で、公式化を念頭に置いている場合は、365日24時間体制で不適切な書き込みに対して対応できる体制が求められることが多いようです。公式化ありきで考える場合は、社内でそういった体制を整えるのは厳しいでしょうから、初動はどうしても外注に頼らざるを得ないかもしれません。

また、初期構築の際の監視・サポートツールですが、外出しを前提とするのであれば、ある程度作り込んでおかないと、委託した際の費用の上ブレ要因になります。使いづらい監視ツールですと、委託した側も時間がかかりますから、高めの見積もりを出される原因になります。外出し前提なら、構築前から、管理ツールの仕様について、外注先と打ち合わせを持っておくべきです。

逆に社内でやる前提であれば、必要最低限にとどめておいて、後からカスタマイズしていくという形がよいでしょう。リリース時点では、最低限、投稿が全件流し読み出来て、必要に応じて削除や検索ができる。会員データも、とりあえず検索すればでてきて、編集と退会処理なんかができるといったレベルで大丈夫です。

また、会員数や投稿件数などのデータを管理画面上で見たいというニーズはあるでしょうが、ここら辺は作り込むと相当な費用がかかりますので、最低限必要なDBのデータを毎日数値をメールで配信してもらうぐらいにしておいて、PVなんかのデータは、無料のGoogle Analyticsや、Awstatsなどのサーバのミドルウェアを使う形で十分です。

と言った感じで、パターン別の初期構築と、リリース後の運営・プロモーション費用のざっくりとしたイメージをご紹介しました。


なお、本筋からそれますが、最後に一言。

文中で触れましたが、コミュニティサイトは、コツコツ育てていくのが、一番の近道です。
そういう意味では、これまでの経験的にも、スパイラル型の開発手法を取るべきと考えています。

最初から完成品を目指し、必要な機能の全てを分析してから設計するウォーターフォール型の開発手法ですと、なかなかトライアンドエラーできませんし、本当にユーザーの求めるものを提供しづらい体制が出来上がってしまいます。

少しでも社内にノウハウがあるのであれば、多少の手戻りや無駄な時間がかかったとしても、初期開発自体を社内でまかなってしまう方が良いでしょうし、あるいは、外出しするにしても、人月費用で人を抑えてもらった上で、あまり納期を意識せずに、お互いに意見を言い合いあえるような「パートナー」になれる外注業者を探すべきでしょう。
三洋電機社員によるプライベート写真流出事件」や「未成年者の飲酒運転告白による炎上、大学側の謝罪事件」などに代表される、会員の「名前」公開に関連する事件の影響を大きいと判断したためだろう、去る11月10日、mixiは「名前・年齢の公開レベル設定機能を追加実装する」と、告知した。

最近のmixiは、「個人情報の取り扱いについては、あくまでユーザー自身の自己責任である」というスタンスを露出することに終始しているが、今回もそれをより明確にする機能追加であると言えるだろう。

アップデート後の事後報告という形で告知を行うことが通例となっているにも関わらず、この程度の小さな機能追加で事前告知を行っていることから、事態収拾に向けた運営側の努力や焦りが、如実に見て取れる。

(ところで、後者の事件に関しては、大学側が謝罪すること自体、陳腐な印象を受けてしまう。これもmixiというサービスの急速な成長に対して、社会が追いついていないことに起因するのだろうが、これについてはまた別途触れることにしたい)



さて、mixiでは、自分を表す情報として「名前」と「ニックネーム」の二種類を登録することになっているが、mixiや、いわゆるSNS以外のこれまでのコミュニティサービスでは、ニックネーム以外に登録する氏名などの情報は、非公開情報として扱われてきた。そうでなければ、名前とニックネームの差別化が図れないし、そもそもインターネットで実名を公開するのは危険だという認識が、運営側にも利用者側にも、暗黙の、いや、公然の了解であったからだ。

しかし、SNSというサービスの多くは、それを真っ向から否定してきた。そして、SNSで初めてコミュニティサービスに参加したユーザーは、それを当然のこととして受け止めてしまった。mixiが急速に巨大化した結果、あまりリテラシの高いとはいえない多くの初心者ユーザーがこの落とし穴にはまり、公然の了解であった「実名の扱い」が崩れ去りつつあることが、このような事件を助長していると言えるだろう。

先日、mixiは「実名登録は義務付けていない」ということを告知したが、自分を表す情報として、「名前」と「ニックネーム」を登録させる仕様である以上、結果として本名登録を促しているようなものであるし、逆にそうでなければ、二種類の情報を登録させるという仕様に意味がなくなってしまう。

現段階でのmixiが公にしている見解は以下のようなものだ。

1.本名で登録することで、昔の友人、知人から発見されやすくなり、思いがけない再会ができる可能性がある

2.しかし、本名での登録は強制ではない

3.自分ではない別人の名前を付けると「なりすまし」や「騙り」行為と見なされてしまう場合がある
  ⇒要するに、偽名登録の場合、なりすましや煽りと判断すれば、しかるべき処罰を行う可能性があるということを示唆している

4.名前が本名である場合を想定して、友達や友達の友達にしか公開されないような公開レベル設定機能を追加する
  ⇒この場合、本名を登録しても、昔の友人、知人からは発見されなくなってしまう

すでにさまざまな矛盾が生じていることがお分かりだろうか。後付けでポリシー設定しつづけたた結果、「名前」の位置づけがますます微妙なものになっているのだ。

個人情報の公開は「ユーザー各位の自己責任」というスタンスを明確にしつつあるmixiではあるが、これで個人情報が絡む事件がなくなるとは想像しがたい。

もちろん、当然、このような事件が起きたからといって、mixiが「個人情報の流出」という名目で法的に罰せられることはないが、上場企業としてのイメージや、株価・広告収益への影響は無視できるものではないだろう。

今後、「名前」情報の存在自体が微妙なものとなり、また、トラブルをより助長していると判断されることにでもなれば、最終的に情報自体が削除、あるいは完全非公開化されていくのではないかと思う。もし本当にそうなれば、SNSの根本を揺るがしかねないが、あながち、あり得ないとも言えないのではないだろうか。

インターネットで「特定個人」が発言することは、それなりの高いリテラシを必要とするものだということを、われわれは、改めて認識しなければならない。
既にご存知の方も多いと思うが、mixiにて、三洋電機社員による下記のような事件が起こったようだ。

ZAKZAK アイドル級の美人彼女「お宝写真」が大流出!? より引用
--引用開始--
経営再建中の三洋電機(大阪府守口市)の社員がファイル共有ソフトで内部資料や社員名簿を流出させたことが6日、分かった。

それだけならまだしも、清純派アイドル級美貌を持つ恋人が「開マン」している写真も混じっていたため、さあ大変。

ソーシャルネットワークサービス「mixi(ミクシィ)」の個人サイトが割り出され、恋人のプライバシーをさらけ出す大問題に発展している。

ファイルを流出させたのは同社の技術系部門に勤務する20代の男性社員。
内部の「技術レポート」のほか、所属する部署や同社男子バレー部の名簿など多数の資料を流出させた。
三洋電機によると、顧客の個人情報や取引先の情報の流出は現段階で確認されていないという。
ファイル共有ソフト「Share(シェア)」の暴露ウイルスが社員の自宅にあるパソコンに感染、今月2日ごろに流出したとみられる。

 「通常、この程度の情報流出ではあまり話題にならない。
しかし、超カワイイ彼女の裸体が『秘密』フォルダに含まれていた。
そのうち2枚は完全な“ご開帳”だったので、ネット上は大騒ぎとなった」(ITライター)
--引用終了--

(なお、引用元記事は既に削除済み)

さて、既に2chやブログなどを中心に大きく話題となっているが、この事件による影響とはどのようなものなのだろうか。

一点目は、あえて触れるまでもないことだが、先日上場したばかりの株式会社ミクシィの株価への影響だ。事件以後、急落しているのが見て取れる。

mixi株価(Yahooファイナンス)

株価の影響を見れば分かるように、すでに風評も広範囲に伝わっており、収益の柱となっている広告事業や、今後の会員数増加への障壁が心配されるところだ。

先日書いた記事「mixi公認コミュニティの炎上はなぜ起こったか」で触れた、ドコモPR用mixi公認コミュニティの炎上問題といい、mixiにとっては頭の痛いところだろう。

そして本題は二点目なのだが、これまでそれほど大きな問題としては表面化していなかった「本名登録推奨」という運営方針そのものについてだ。

今回の事件はまさに、「匿名サービスと実名サービス」にて触れた懸念点が現実化した格好となっている。

該当記事においては、特にインターネット初心者が、「本名登録制だから安心」という「表面的」な理由だけで自らの個人情報を垂れ流すこと、さらにはサービス提供側の「実名で利用してください。でも、個人情報に関連するトラブルは自分で責任を持ってください。」という隠れたスタンスについて警鐘を鳴らした。

これまで、mixiにおいては、本名登録の危険性について公的に触れることはなかったようだが、さすがに今回の事件で気づいたのか、あるいは認識しつつも運営元としては触れたくなかったのかは分からないが(間違いなく後者であろうが)、本日11日、お知らせにて公式に利用ガイドライン設置に関するアナウンスがあった。

Q.名前の欄には本名を載せてよいでしょうか?

該当ページでは、本名登録におけるメリットをあげつつも、個人情報を公開することの危険性について触れ、抵抗がある場合はニックネーム等で登録するよう案内している。また、本名登録については強制ではない旨を記述することで、本名登録は推奨しつつ、最終判断は自己責任であるという「隠れたスタンス」を明確にした文書となっている。

文章の書き方から、苦渋の告知であることが伺えるが、現時点で被害を最小限に食い止めるに当たっては、ベターな対応であると言えよう。

しかしながら、いかんせん、やはり対応が遅かった感は否めない。少なくとも、サービスがここまで大きくなる前、言ってみれば「本名推奨」というスタンスを取っている時点で予想できることであり、これまでのさまざまなトラブルに対する運営側の後手後手の対応を、改めて印象付けた格好だ。

また、この案内は、裏を取れば虚偽登録を認める内容であり、mixiプライバシーポリシーに記載されている「6. 個人情報の適切な保護」における「ユーザーの個人情報の正確性の維持のために適切な処置を行う」という趣旨の文面にも相反する告知なのではないかとも考えられ、今後の運営にまた一つ問題を残した対応であると言えるだろう。

細かい点を言えば、虚偽登録を認めたことによって、ユーザー間のトラブル対応に障壁ができたことも確かだ。上記したガイドラインにて下記のように記載されているのは、それに対する精一杯のリスクヘッジである。

mixi ご利用上の注意事項より引用
--引用開始--
※自分以外の名前を付けると「なりすまし」や「騙り」行為と見なされてしまう場合がございますので、十分ご注意ください。
--引用終了--


いずれにせよ、苦しい対応であったことは否めない。今回の事件はまだまだ尾を引きそうだが、今後のmixiの動向に注目してみたい。
ブログ文化は急速に浸透し、いまやウェブにおけるその重要性はかなり大きなウェイトを占めるようになってきた。

あえて言うまでもないかもしれないが、ブログの優位性については、下記のような点が挙げられる


1.更新の手軽さ
2.「個人が情報発信するためのツール」というイメージ付けの成功
3.トラックバック、pingによる新鮮な情報同士の繋がり、伝達スピードの速さ
4.検索エンジン上位表示における基本的な必須要素のデフォルト実装
5.初級者?上級者まで、自由なカスタマイズを可能とした設計

1に挙げた手軽さの部分に関しては、旧来の日記サービスなどと大差はない。

しかし、これまでのウェブ日記は、ごく身内同士における近況連絡や、独り言的な利用方法、あるいは完全に匿名で、現実世界ではさらけ出すことのできない負の部分を吐露するための利用などが目立っていたように見える。

ブログにおいては、2の個人メディアとしてのイメージ付けによって、「有用な情報を発信するツール」としての認知が広まり、より広い層に受け入れられるようになった。

「私、インターネットで日記書いています」

というと、なんだか暗い印象を受けるが

「私、ブログやっています」

というと、アクティブに聞こえるし、少しステータスが上がったような気にすらならないだろうか。個人が情報を発信する時代、イコールブログという図式のおかげだ。

もちろん、実際には従来の日記とほとんど変わらない利用スタイルのユーザーも多くを占めているのだろうが、イメージというのは重要な要素であり、内情は出会い系サービスや2chとさほど変わりなくなっているmixiのそれとも似ているかもしれない。

次に、3つめの「情報」の繋がり、伝達スピードだ。インターネットの歴史は情報の歴史だと言っても過言ではないように、これまで受信側だった人間すべてに情報発信を可能とし、また、その伝達スピードを革新的に上げてきた。そして、昨今騒がれている「Web2.0」の最大の特徴も、やはりこの情報の在り方に関する変化だといえる。

ブログにおいても、トラックバックとpingという機能によって、これまでの何十倍も、関係性のある情報同士の結びつきが向上し、伝達スピードが上がっていった経緯がある。そして、ソーシャルブックマークやタギングによって、さらに情報は整理・共有されていく。

4つ目においては、一般のユーザーが意識することはあまりないだろうが、非常に大きなメリットだろう。htmlレベルの設計はもちろん、トラックバックによるリンクを受ける側の意思に基づいた被リンク生成によって、意図せずとも検索エンジンに重要視される仕組みを作り、より多くの人の目に触れることを可能としたわけだ。

5つ目のカスタマイズに関しては、デザインテンプレートやサイドバーのコンテンツを選択するだけの簡単カスタマイズから、CSSやscriptの記述などによって、ホームページと比べても遜色ない使用を可能としたことによって、ターゲットとなるユーザー範囲を格段に広げることに成功した。

ブログ出現初期に「ブログと従来のウェブ日記と何が違うのか?」などと真剣に議論していたことが懐かしくも思えるが、ざっと要約するだけでも「強い」サービスであることが分かるだろう。それでは、インターネットにおけるブログの占める割合は、今後も大きくなり続けるのだろうか?

その障壁の一つとして、トラックバックスパムの存在が考えられる。

まあ、これに関しては、e-mailにも同じことが言えるわけで、その対策は日々進歩し続けるであろうから、それほど気にすることもないのかも知れない。

そして、もう一つの大きな障壁として、「個別のブログ内における情報の整理が困難である」という点を挙げておきたい。

確かに、ブログ同士の関連性のある情報同士の結びつきは強くなり、その伝達スピードも格段に進化した。しかし、個別のブログ内においては、整然と情報が整理されているとは、必ずしも言えないのではないだろうか。

一つに、記事が基本的に時系列で並ぶということ。情報の新鮮さ、伝達スピードこそがブログの武器であるため、古い記事への扱いは基本的に低い。ブログと関連性の深い「RSSリーダー」というツールも、「新しい情報をいかに早く効率よく入手するか」ということを実現するためのツールであり、古い記事に関するアプローチは皆無である。

いわゆる「ホームページ」であれば、管理者によって、閲覧しやすいように情報が整理され、それぞれの記事の重要性によって階層を変えることもできる(もちろん、それにはある程度のホームページ作成におけるスキルが必要であり、スキルを持たないユーザーでも一定以上のデザインクオリティのあるスペースを所有できることが、ブログの強みでもあるわけだが)。

ブログにおいても、カテゴリや「タグ」によって仕分けをすることは可能だが、それぞれ仕分けされた中でも、基本的には時系列で記事をさかのぼっていく必要性がある。

情報の新鮮さと伝達スピードに特化していることの弊害だと言える。

情報が整理されていること自体に価値があるホームページにおいては、しばらく更新が止まっているような状況であっても、訪問者は何の疑問もなく閲覧するだろうが、ひとたびそれがブログとなってしまうと、抵抗を感じてしまうことはないだろうか。新鮮さのないブログは、「死んでいる」ようなものだ。

二つ目に、更新の容易性における弊害が挙げられる。思ったこと、考えたことをすぐに発信できることがブログの強みであるから、それがメリットではあるのだが、その反面、じっくりと内容を検証、考察した上で記事を投稿するという行為を軽視し勝ちな傾向があるように思う。

情報の新鮮さに価値の重きを置いているブログにおいては、ブロガーたちは、特定の話題に対して、とにかく早くアプローチすることが求められる。スピードをもって記事を書く必要性があるのだ。

これによって、完成されている記事とは言いづらいえないような、雑記的、備忘録的なものが多くエントリーされることになる。

私もこれまでいくつかブログを書いていたことはあるが、日記のようなものや、思ったことをただただ書き連ねるようなスタイルがほとんどであった。実際、当サイトにもブログを設置しているが、情報の新鮮さに必然性があるもの、たとえば更新履歴のような内容や、ちょっとしたニュースに対する所感をメモ代わりに残しておくスペースとして利用している。

もちろん、それが悪いというわけではない。ブログの武器は、あくまでも情報の新鮮さと、新鮮な情報同士の繋がりの生成、そしてその伝達スピードだ。見方を変えれば、ブログサービス全体が一つの媒体となり、有益な情報をピックアップしているようなものかもしれない。個人個人のブログという枠組みは存在せず、あくまで一つ一つの記事が全体に共有され、評価されるということ。

しかしながら、より「個人メディア」的な意義を持たせるスペースとするのであれば、個人のホームページやブログは、それ単体でメディアとなり、それが製品として見られるに耐え得るクオリティを持つべきだと考える。

もし、ブログサービスにおいて、特定ブログ内における情報の整理、古い情報への価値の付与という二点のアプローチを実現することができれば、真の意味で「ブログ黄金時代」がやって来るのかもしれない。

現時点では、ブログとホームページの強みを、それぞれ理解した上で使い分けることが、理想的な情報発信の在り方ではないだろうか。
先日書いた記事「義務化するコミュニケーション」にも関連する話だが、コミュニティサービスにも利用寿命というものがあるようだ。

コミュニティサービス内に「自分のコミュニティ」が形成されはじめると、毎日ログインすることが待ち遠しくなり、また、忙しくて友達に挨拶すらできない日が続けば、それだけで居たたまれない気持ちになってしまう。「マナーのよいコミュニティ」であればあるほど、次第に実生活にはない心地よさを感じ始め、擬似社会であることすら忘れがちになる。

ここで言う「マナーのよいコミュニティ」とは、悪い表現を使ってしまえば、誰もが偽善的な自分を演じている馴れ合いの世界。しかし、だからこそ、実社会よりもはるかに心地よく、わずらわしい人間関係に悩まされることもない。ある意味、私が考えるネットコミュニティの本質でもある。

しかし、そんな熱中ぶりも、やはりそう長くは続かない。コミュニケーションの義務化による疲れもあるだろうが、自分の時間の使い方に対する疑問を持ち始めることが、一つの理由であるようだ。

私がこれまで携わってきたサービスを見る限りの所感では、チャット中心、リアルタイムコミュニケーションが求められるサービスなら一ヶ月から三ヶ月、掲示板や日記などが中心、割と緩やかなコミュニケーションがメインのサービスでもだいたい半年前後で、その時期が訪れるユーザーが多い。

それはなぜなのだろうか?

コミュニティサービスで得られるのは、人との繋がりによる安心感や共有感と言える。WEB2.0という言葉が叫ばれるようになっている昨今、特に「共有」という意識に対しては、根強いニーズがあるようにも見える。

日常生活のほんの休息の場として、「ネットとの距離感」を意識して利用するのであれば、非常に有用であり、実生活への活力ともなり得る。

しかし、ひとたび近づきすぎてしまうと、その代償はあまりにも大きい。

極端な話、安心感や共有感というその場限りのせつな的な感覚を得るためだけに日々の時間を使うことは、単なる時の浪費にすぎないのではないだろうか。

もちろん、日常生活にもくだらない雑談に終始する会話や何も考えずに過ごす無駄とも思える時間は存在するが、前者は実際の人間関係構築のために必要不可欠な行為でもあり、後者は日々の疲れをリフレッシュするという意味においては有意義である。

しかしながら、コミュニティサービスにおけるそれは、多くの場合、ネット上だけの付き合いに終ることが多いものであるし、サービスの提供が中止されてしまえば、形としては何も残らない。また、何時間もパソコンに向かっていることは、肉体的にも大きな負荷をかける行為でもある。有用な情報を得るようなタイプのコミュニティであれば、また違ったことも言えるのだが、コミュニケーションを目的としたコミュニティサービスの場合、あまりにも時間を投下してしまうと、実生活に負の影響がでてしまうことは否めない。

人生という大きなくくりで考えれば、大切なのは、安心感や共有感を得た上で「どのような生活を送るか」であり、それを得ること自体が目的ではない。

もちろん「趣味に生きる」という言葉もあるが、毎日何時間も、コミュニティサービスを10年20年と継続して利用するような姿は容易には想像できないだろう。一般的な「趣味」とコミュニティサービスの利用が、本質的にどのような違いがあるのかの説明は難しいが、少なくとも、やはりバーチャル世界であることはその一端だと考えられるし、また、移り変わりの激しいインターネットサービスにおいて、10年続くサービスというのもごく少数である。

では、それに気づいたユーザーの、その後の行動はどうなるのであろうか。

一つは、コミュニティへの依存からの脱却である。

馴れ合いの人間関係に頼ることをやめ、以前の生活へと戻って行く。一度離れればなんという事のない普段の生活だ。中には再び新しいコミュニティに参加し、同じ過程をたどってしまうケースもあるが、とにかく、一度「離れる」という選択をするユーザーは多い。

そしてもう一つが、「ネットとの距離感」を意識した利用への移行だ。そこには、以前のようにあふれ出してくるような楽しさはないが、また違った楽しみが見えてくる。コミュニティと上手な付き合い方をすれば、きっと有意義な生活の糧となる。

「ネットとの距離感」

ネット初心者、コミュニティ初心者であればあるほど、意識すべき言葉であるだろうし、そして、サービス提供側も、そのような利用が誰にでも容易に想像できるサービス設計を行うべきなのかもしれない。
言うまでもないことだが、ネットコミュニティサービスに参加する一番の目的は、他のユーザーとのコミュニケーションである。

徐々に友達の輪が広がり、お互いの個人ホームページなどを訪問しあい、連日、挨拶やたわいもない言葉のやり取りを行う。そこに日記が書いてあればざっと読み、当たり障りのないコメントを残す。お互いにこの行為を繰り返すことを、俗に「コメント返し」と呼ぶ。

何かに悩んでいるようなら、共に悩み、相談にのる。もちろん全てのやり取りが、真剣に、親身な気持ちでなされるわけではないだろうが、多くの場合、たとえそれが偽善的、表面的なやり取りであったとしても、ユーザーはある一定の満足を得られる。悩みを吐露し、それに反応があるだけで充分に満足なのだ。

コミュニティサービスにおける多くのコミュニケーションは、実は、非常に希薄な関係で成り立っていることが多い。もちろん、中には現実社会以上に密度の濃いコミュニケーションも生まれることはあるだろう。しかしながら、基本的には見ず知らずのユーザーたちと文字によるやり取りのみで築かれる関係であり、また現実社会以上に多くの人との出会が、いとも簡単に行われるのだ。mixiなどの招待制、現実社会の友人たちとネットで繋がるタイプのコミュニティには当てはまらない側面もあるかもしれないが、現実と同様の深い関係を多くの「友達」たちと築くのは難しい。

そもそも現実社会においても、全ての人間関係が深い繋がりを持っているわけではない。仕事上のつきあいや、転居などで疎遠になってしまった友人など、普段は頻繁に連絡をとることのない関係というのは多いはずだ。だが現実社会であれば、何かしらの用件があったり、同窓会や帰郷時に集まるなど、たまに行われるコミュニケーションでも関係性が維持される。これがネット上の付き合いと違う点だ。


冒頭で触れたが、コミュニティサービスにおけるコミュニケーションは、挨拶やたわいもない言葉のやり取り、会話ともいえないような会話をベースとして進行する。そして、その積み重ねにより、自分のコミュニティ、自分の居場所が形成されていくのだ。

自分がいるべきコミュニティが形成されてくると、ユーザーは、よりそのサービスに依存し始める。そのコミュニケーションの多くは、相手に悪く思われない程度の表面的なやり取りであったとしても、そういった行為自体に麻薬のようにはまっていく。これは、コミュニティサービスにおける特筆すべき側面でもあるだろう。特にコミュニティ参加初期というのは、とにかく「友達」が増えること、自分の居場所ができること自体が楽しく感じられるものだ。自分が認識されることによって、そのコミュニティにおける自分の存在意義を見出せる。

そして、「友達」を増やすためには、「浅く、広く、当たり障りなく」といったコミュニケーションが基本となる。全てのユーザーと深い関係を築くには大変な時間と労力が必要であるから当然だろう。しかし、浅く、広く、当たり障りない関係というものが、コミュニティ参加中期以降、非常に大きなネックとなってしまうのである。

そのような関係を保つためのコミュニケーションは、連日のように繰り広げられる。お互いが、お互いのホームページを訪れる。訪問を受けた者は、お返しのコメントを残しに訪問する。そして、それを受けた者は、さらに……。

「友達」からのコメントがあれば、全ての人に返事をしたくなるのは自然だし、逆に、相手も返信があることを当然だと考える。数人程度なら楽しめる行為も、広げすぎてしまったばかりに予想外の時間、労力が必要となってしまう。見えない縛り、暗黙のマナーが、ユーザーを苦しめる。

しかし、日々の恒例行事を止め、一方的にその関係を絶つという行為は、「当たり障りのある行為」であり、それまで演じてきた自分の人格、築き上げたコミュニティを崩壊させてしまいかねない。

それゆえ、半ば義務的に、そして事務的にその「作業」を繰り返し続けなければならない。「友達」関係を維持するための作業。文字のやり取りだけとはいえ、友達を捨てるという行為は非常に罪悪感のあることだ。しかし、この関係を維持するためだけの作業にも疲れ果て、そして、人は一つの行動にたどり着く。良心の呵責から逃れ、この作業からも逃れられる手段。その一つが「コミュニティからの卒業」である。

卒業というプラスのイメージを口にしてはいるが、これは義務化されたコミュニケーション地獄から逃げる口実でもある。私がこれまで見てきたサービスでも、このような最後を迎えるケースは多くあった。理由はどうあれ、せっかくすごした時間を捨てるということは、なんとももったいなく感じてしまう。

さて、もちろん全てのユーザーが辞めていくわけではない。では、どういうユーザーがこれを乗り越えられるのか?

一つ例を挙げるとするならば、少人数のわりと小さなコミュニティを形成し、けっして急激に燃え上がることなく自分のペースで参加し続けることのできる、ネットとの距離感を心得た者たちだろう。

より長くコミュニティを楽しみたいと考えるのであれば、「ネットとの距離感」を意識して参加するのが良いのかもしれない。
アンチSNS宣言という記事を拝見した。

非常に興味深い切り口だが、最も考えさせられたのは「インターネット上では等価」という言葉。

どのような人がやっているホームページであれ、ブログであれ、インターネット上の価値は、全て等しくあるべきだという意味だ。

言うまでもないことかもしれないが、そもそもインターネットは、これまで独占的にテレビやラジオ、新聞などのメディアに支配されてきた「情報発信」という権利を、世界中の誰もが等しく手に入れることを可能にし、さらにインタラクティブな情報交換という新しいメディアのあり方を実現したと言う点において、非常に革新的だ。

いまや、極端な話、小学校に上がりたての児童であっても、情報発信の権利を平等に行使できるのだ。

これは、近代社会において特筆すべきことであり、一般家庭にも広くインターネットが広がった昨今、その価値は特に強く感じられるのではないだろうか。

もちろん、それぞれのサイトに掲載されている情報は千差万別であり、有益なもの、無益なもの、多くあると思う。しかし、それは全て「自分にとっての価値」にすぎない。だからこそ、自分にとって必要な情報の取捨選択能力こそが、インターネットを利用する上で非常に重要となる。

自分にとって無益であっても、ある人にとっては有益なものになりえる。自分が有益だと思った情報は、誰もが自由に発信することができる。そして、全ての情報は、全てのインターネットユーザーが、等しく閲覧することができる。これこそが、開かれた世界「インターネット」の大原則ではないだろうか。

しかし、いわゆるSNSは、その大原則に大きく反している。

投稿にはそれぞれ閲覧するための制限がかけられ、中でも招待制SNSなどは、「情報を発信すること」もまた、選ばれた人の特権である。

開かれたインターネットの世界での、閉じられた世界。そして、いわば特権階級だけが利用できる招待制SNSというサービスは、大きな矛盾をはらみながらも、それゆえに大きな魅力を人々に与えているのかもしれない。
昨今、SNSに代表されるように、実名や本人顔写真での利用を推奨するサービスが増えてきている。

実名での利用は、利用者それぞれに責任が発生し、それによって安心感を得られる。より健全なコミュニティが形成されるだろう。しかし、その反面、軽率な行動はできなくなり、利用への障壁は確実に高くなる。

インターネットにおけるコミュニティとは、本来、実社会とは離れた場所に存在し、あくまでバーチャルな世界だ。日常のしがらみに関係なく楽しめる場所であり、仮想空間でのもう一人の自分を楽しめる場所である。また、そうあるべきだとも考える。

もちろん、その気軽さゆえに、インターネットでのコミュニケーションによって様々な問題が生じているのは、これまでも言及してきた通りなのだが、しかし、そういう性質がなければ、ここまでインターネットが普及しなかったことは間違いない。

ネットでのコミュニティにまで、現実の面倒な人間関係を持ち込み、コミュニケーションを楽しむというのは、私からすれば、いささか奇妙な感じさえ受ける。用件ならば、電話やメール、メーリングリストなどを用いればよい話なのだから。

もっとも、完全クローズドなコミュニティであれば、違った楽しみ方もあるとは思う。わざわざ直接連絡を取るほどのこともない他愛も無い話であれば、特定の誰かに向けたコミュニケーションツールではなく、ネットでの掲示板など、共有のスペースに書き込むほうが気楽だし、身内に聞いてもらいたいちょっとした話なども、日記という媒体を通しての方がやりやすい。

しかし、それはオープンなコミュニティには不向きであるし、実名コミュニティの多くは、クローズドを目指しながらも、完全ではない。

また、それらのサービスの根幹である、その実名という基本理念においても、成功しているサービスもあまりないようだ。SNSの代表格であるmixiなども実名を推奨しているが、仮名での利用者の方が多いのではないだろうか。

それでも、実名で利用しているユーザーが存在するのは確かだが、個人情報に関するトラブルが多く発生している昨今、実名、本人顔写真を登録して利用するというのは、特に初心者ユーザーにとって、かなりのリスクを背負うことになる。

ある程度、ネットにおける個人情報の扱いに関する危険性を知っている者なら別だが、サイトの方針に何の疑いもなく素直に従ってしまったがため、思わぬトラブルに巻き込まれないとも限らないのだ。

実名推奨サイトを匿名で利用しろというのではないが、少なくとも、実名や顔写真を晒すことで、どのような危険があるのかを認識することは重要だ。

これは、利用者だけでなく、サービス提供側にも言えることである。そのような方針での運営において、どのようなリスクがあるかをしっかりと認識し、また、それを推奨するからには、ユーザーをどのように保護するかまで対策した上でサービスを提供する義務があるだろう。

「実名で利用してください。でも、個人情報に関連するトラブルは自分で責任を持ってください。」

それではあまりにも無責任だ。しかし、そういうスタンスのサービス提供者は多い。

実名利用というのは、ネット先進国韓国ではポピュラーなサービス形態ではあるが、韓国と日本には、国民番号の存在という決定的な違いがある。韓国でのそういったサービスの登録には、国民番号の登録が必須なことが多く、本当の意味での「安心」がある。うわべだけをまねして、まったく同じような軌跡を描いてサービスが発展していくとは到底思えない。

国民番号の登録なしに、実名サービスを普及させていくのは、かなりの困難が予想される。もう何年もしないうちに、ほとんどのサービスは淘汰されていくのではないだろうか。

今後、実名コミュニティはまだまだ出てくるだろうし、前述した障壁を乗り越えられさえすればさらに伸びてくる分野であろうが、根本的な問題を抱えたまま、安直にサービスを利用・提供するのは、大変危険だということを記しておきたい。
「荒らし」という言葉の定義について、まとめている記事があったので紹介しよう。

「ネット上の荒らしについて」  発信したいこと

私なりに、「荒らし」を定義すると、以下のような形だろうか。

「意図的にコミュニケーションを阻害する目的で、悪意ある発言を行うこと」

そもそも、コミュニティ利用者の目的は、コミュニケーションそのものであり、そのコミュニケーションを阻害することは、どのようなユーザーにとっても迷惑な行為である。誰とも会話のできないコミュニティサービスなど、誰が参加するだろうか。

そして、その行為が意図的である場合、そのユーザーはコミュニケーションを行う意図を持っていないと判断でき、イコール荒らし行為となる。

mixiの現在

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前の記事で触れたが、mixiが、いまや社会現象と呼んでも良いほどの盛り上がりを見せているのはご存知の通りだ。

現実社会にまで影響を及ぼすサービスといえば、良い意味でも悪い意味でも頻繁に取りざたされる2ちゃんねるを思い出す方も多いだろう。

mixiもそれに近いほどの影響力を与え始めているが、2ちゃんねると違って、今の時点では良いイメージが先行しているのも特徴だ。

サービストップのさわやかなイメージ(現在、AUの広告が全面に出ている様子)や、ソーシャルネットワーキングというハイソなイメージのせいでもあるかもしれない。

しかし、最も大きな要因としては、完全クローズドであるゆえ、おいそれと中身を知りえないことが大きく関係しているのではないだろうか。

選ばれた特別な人しか知ることのできない世界。加入していないものの想像は大きく膨らみ、いつか自分に招待状が来るのを待ち望む。その期待は過剰なまでにサイトのイメージを神格化し、たとえていうのなら片思いの異性を自分の中で美化してしまうのとにているが、そういう一般大衆の想いが、mixiのイメージアップに加担しているのだ。

だが、現実はそうとも限らない。現在のmixiは、すでに、かつて大きな盛り上がりを見せた「出会い系サイト」となんらかわりなくなってしまっていると言えるだろう。

完全クローズドであり、「友達の友達」しか入れないという表面上のスタンスとはうらはらに、招待状がオークションで売買されたり、2ちゃんねるで配布されたりと、ほぼオープン化されているに等しい。そして、その手の経路で加入するのはインターネット中級者?上級者であることが多く、初心者の多い一般ユーザーはまったくその事実を知らない。

神格化された「安全な」mixiの中で、出会い系サイト的なスタンスで利用するユーザーと接触することで、知らぬ間に危険に晒されている人も少なからず存在するはずであるし、たとえ危険な目にあってはいなくとも、意図せず「出会い系サイトを気軽に利用している状態」に、多くのユーザーが陥っていることに気がつかなければならない。

もちろん、出会い系サイトそのものが悪であるとは言うわけではない。むしろ、全てのコミュニティサービスにおいて、知らない人とコミュニケーションを行うという側面がある点において、出会い系的な要素は含まれており、そういう意味ではコミュニティサービス全てが出会い系サイトであるとも言える(出会い系サイト規制法の定めるところの出会い系サイトではないが)。

そうではなく、出会い系サイトを使っているという認識のないまま、安心しきってサービスを利用しているユーザーがいるという事実に対して、警鐘を鳴らさねばならない。完全なる安心などあり得ないインターネットサービスにおいて、過度の、そして幻想的ともいえる安心感を伴って利用している初心者ユーザーほど、狼達にとってかっこうの餌食はないのだから。

インターネットがここまで普及し、mixiの登場によってより身近になってしまったコミュニティサービスは、mixiのそのイメージによって、一般ユーザーをより危険に近づけてしまっている。こういう裏の現実は、サービス提供者から発信することのできない、あるいはしたくない部分であり、また、インターネットに精通しているとは言えない多くのマスメディアの人間たちも、自ら気づくことが難しいものだ。

インターネットの普及とともに、もっと、正しい利用方法も認知されるようにならなければならない。
ソーシャルネットワーキング、いわゆるSNSが花盛りだ。

mixi、greeの出現以降、様々な企業が相次いでSNSを立ち上げており、もうどのくらいのサービスがあるのか見当もつかないほど。

IT用語辞典によれば、下記のようにある。

IT用語辞典より引用
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ソーシャルネットワーキング
参加者が互いに友人を紹介しあって、新たな友人関係を広げることを目的に開設されたコミュニティ型のWebサイト。
誰でも自由に参加できるサービスと、「既存の参加者からの招待がないと参加できない」というシステムになっているサービスがある。
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確かに、mixiのように完全クローズドなSNSは多いものの、先日のライブドアフレパのように、新規登録をオープン化しているサービスもちらほら見られるようになってきた。

従来のコミュニティサービスにも友達招待機能は標準的に用意しているところも多く、この点においてはであまり違いはないように見えるが、違いをあげるとするならば、招待した友達と自分とが最初から「繋がり」を持っているという点、実社会の関係性をそのままネットに持ち込んで楽しむコミュニティであるという点に集約されるだろう。

通常のコミュニティサービスが、サービス内で知り合った人間同士で繋がっていくのに対し、自分の知人・友人の繋がりをネット上で楽しむサービスがSNSと呼ばれるサービスの特徴である。

従来より、匿名利用が当たり前であったインターネット世界において、この発想は実に革新的ではあるが、ネットと現実を全く別物として考え勝ちな日本人にどこまで受け入れられるのか、これがSNSの将来を大きく左右するはずだ。

もちろん、SNS最大のmixiは登録者200万人を超えており(匿名利用を基本とするコミュニティサービス最大手のCafestaをあっという間に抜き去っている)、案外最近の若者達にとっては障壁の少ないものなのかもしれない。

いずれにせよ、韓国やアメリカのように国民の数十パーセントが加入するようなサービスに成長しうる可能性を持っているのがSNSであり、その中でもmixiがもっとも近い存在であると言えるだろう。SNSだけに留まらず、ネットコミュニティサービスの未来は、mixiが担っていると言っても過言ではない。
        

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