2020年9月アーカイブ

新時代の翻訳AI

ウェブで使う翻訳サービスといったら、Google翻訳を使う人が多いのではないだろうか。僕もそんな中のひとり。随分助けられたものだ。

でも、今後はGoogle翻訳とサヨナラするかもしれない。そう、DeepL翻訳が日本語対応しちゃってるからね。


キウイどうやって食べてる?

キウイの唯一の欠点が食べづらさだった。実家住みのときは、母が皮を向いて丁寧にカットして食卓に出してくれていたわけだけど、家を出てからというもの、皮を向くのも面倒だし、最近流行ってる半分にカットしてスプーンでくり抜いて食べるのも面倒で、何年もキウイからは遠ざかっていたんじゃないかな。それこそ、コンビニで売っているカットフルーツとかで食べる程度。

数年前にキウイの本場ニュージーランドでは皮ごと食べるのが主流という話を聞いてから、僕も皮ごと食べるようになった。


Disではない、めっちゃ有能なのよ、ラジオ体操。

最近は、朝起きると、ゆっくりと下半身をストレッチしてから、ラジオ体操第一、第二をしっかりやるのが、いわゆるモーニングルーティーン。


子供の頃は味があまり好きではなかったコーヒー。カフェオレぐらいは飲んでいたけれど。

いつからだったのか覚えていないのだけど、ある程度大きくなってから、コーヒーを飲むと身体に異変が起こることを認識した。

ひどい時は、10分おきに尿意をもよおし、全身震えが走り、身体全体がふわふわし始め、動機も激しくなるし、モノの輪郭がキラキラして見え始める。それが一日中続き、

はじめて新宿、というか東京に来たのは確か小学校3年生の時。母と妹と東京の親戚を訪ね、東京観光に連れて行って貰ったときだった。

それこそディズニーランドとか(東京じゃないが......)、NHKかなんかの見学施設とか(記憶が定かでない)、ほとんど覚えていないけど色々回って、なぜか一番記憶に残っているのが、叔父さんが、「ここのラーメンは美味しいから」といって連れて行ってくれた新宿の熊本ラーメン「桂花」だった。今は新宿に4店舗ぐらいあったと思うけど、その時行ったのは多分新宿ふぁんてんじゃなかったかなぁ。記憶と今の店舗の感じを重ね合わせると多分そう。それが初新宿。

時は経って18歳。大学で上京し、晴れて東京都民となった。1年後埼玉県民に2年ほど変身したけども。


前の記事にも書いたのだけど、中学の頃は本の虫だった。読む専門で、自分で何か文章を書くのは苦手だった。小学校の頃の読書感想文とかはひどい有様。中高の現代文の成績は良かったほうだったけど、好きではなかったし、特に勉強もしていなかった。

文章を書くということとは無縁、興味を持たないまま、20代になった。

さて、話が少しだけそれるけど、お付き合い願いたい。

中学生の頃は本の虫だった。と言っても、文学小説などには一切興味はなく、歴史小説、歴史IF小説、星新一のショートショートSFばかり読んでいた。

中でも星新一の小説には魅了され、通学カバンの中には常に一冊入っていた。通学のバスや電車の中の短い時間で、数本の作品を読み切れるサイズ感もハマった要因のひとつなのかもしれない。

公式には、生涯で1001篇"以上"の作品を残したとされているが(実際にはもっと多かったようだ)、

部屋とYシャツと私〜って懐かしいですね。

さて、レジ袋が有料化されてしばらくたった。一応僕もエコバッグは購入したし、忘れなければ持って出かけるようにしていた。

昨年の春頃から、狂ったように断捨離した。

それこそ数百枚はあったコレクションのCDや、ギター雑誌、同じく数百冊はあった書籍類、本棚や普通の棚やローテーブル、ソファーやベッドも粗大ゴミ。ギターも一本売ったし、アンプやエフェクター類もほぼ売却、服も2/3ぐらいは捨て、色んな所に点在していた使っていない小物や文房具も必要最小限を残して廃棄(それでもまだ多いので今度整理して捨てよう......)、ラグマットもさようなら。ガジェットが多くなりすぎてどれがどのコードでどのオプションガジェットなのかわからないようなものも全部廃棄、

3歳になった直後から始めたピアノ。一度やめたけど、中学になって再開した3年間も含めて10年ほど習っていた。


ジャンガジャンガと「キモかわ」というジャンル? ワード? で一気にブレイクしたアンガールズ。

当初は一発屋風な雰囲気もあった気がしたけれども、その後、ジャンガジャンガとキモかわからいつの間にか脱却し、今や多くのバラエティ番組に引っ張りだこな芸人になった。

今振り返ると、

法律的な記事を書いてしまったのでついでに。

自分は法政大学の法学部政治学科を卒業した。

法学部というと、六法全書は必須のように思われるだろうし、実際本を購入しないといけない授業もあったのだけど、結局一度も六法全書を手にすることはなかった。


どんなネットサービス、ネットコミュニティにも悪さする人はいる。

以下は、チャベリに限らずのお話。

久しぶりに映画レビューでも。といってたいしたことは書きませんが、最近観たオススメ映画やドラマを紹介するだけ。

綾瀬はるかと坂口健太郎のダブル主演のラブストーリー。

坂口健太郎扮する健司が恋い焦がれていた映画内のお姫様(綾瀬はるか扮する美雪)。お姫様が突然劇場のスクリーンから飛び出してきて二人の恋の物語が始まる。

一見変かつ唐突な始まりだが、次第に惹き込まれていく。

最後には、納得感と感動しか無い結末。伏線の回収の仕方も素晴らしかった。

劇中の役で亡くなられる演技をされた加藤剛さんが、公開直後に亡くなられてしまったのと重ね合わせてしまうのも感情を左右する要素を助長しているのかもしれない。2年ほど前の出来事かと思いますが、ご冥福をお祈り申し上げます。

2002年から携わり始めた、ネット上の匿名コミュニティ。

当時はまだSNS的なものはなかったのかな。

匿名で、いろんな人とコミュニケーションできる。自分は仕事でやってたわけだけど、プライベートでも、当時のまだ携帯ホームページサービスだった魔法のiらんどとかで、

今の会社に入って、また、その後チャベリも自分の会社でやり始めたのだけど、今で言うテレワーク? リモートワーク? 的な感じで仕事をしていて、コロナよりずっと前から、基本出社もない(出社する場所がない)。

誰にも管理・監視されることもなく、特に勤務時間帯なども決まっていないので、サボろうと思えばサボれるし、働こうと思えばいくらでも働ける状態。

勤務時間という概念は全くなくなった。



はじめて自分で企画して0から作ったサービス。25歳だったか。はじめてのプロジェクトマネージャー。同部署の先輩の斡旋があったから実現したものだし、プロジェクトといいつつ、初期の頃は、自分と、インターン技術者とか、同じくアルバイトの技術者の子らと、常にほぼほぼ二人でやっていたのだけど。

周りの期待は一切なかったし、そもそも会社としての方針でC向けサービスからB向けに方針転換をするタイミングでできたサイト。


Jリーグ創設前の話。小学校3年生のときだったか。

母親が、これからはサッカーの時代が来ると言い、僕は、地域の割と強豪のサッカークラブに、親友と一緒に加入した。全国大会とか出てるレベルのクラブチームだった。3歳からやってたピアノをやめたちょっと後ぐらいだったから、

四千頭身やハナコ、宮下草薙、ぺこぱ、EXIT、霜降り明星、3時のヒロイン、かが屋など、第七世代にくくられる芸人さんらは、明らかにその前の世代との感性の違いで人気になっている。お笑いに関してははただのファンだけど、感服するばかり。

そんな中、かが屋の加賀翔さんが療養というニュースを耳にした。

2002年頃から携わり始めたネットコミュニティ。当初はバンドをやるため、生きていくために食いつなぐためのバイトだった。掲示板の投稿監視の深夜アルバイト。24時間監視しないといけないって大変だなぁとか思いつつ。

投稿監視だけでなく、実際にユーザーの方と触れ合う機会もあった。なんか楽しかった。ぶっちゃけ、仕事無視して、サイトを通じて彼女できたりもした(内緒。書いちゃったけど)。あの子は今どうしているだろう笑

2005年に最後のバンドを脱退、同時期に勤務先でも色々あって(社内政治って怖いなぁってのを実感した事件)、職場も変えた。


前回の記事でnote始めて、こちらと並行して云々と書いたのですが、noteも数年後にサービス終了しないとも限らないし、一部の記事は、こっちにも転載しておこうと思った次第です。


重複コンテンツになっちゃうけど、目的が、サービス終了時の保存用なので、万一本当にそうなったとしたら、最終的にこちらしか残らないし、noteのサービス終了前にバタバタと移行作業するのも面倒なので、重複担ってもまあいっか、という感じ。


という告知だけ書こうとしたのだけど、せっかくなので、しばらくnoteを使ってみての感想とともに、noteとブログの違いやメリデメについて少しだけ。


        

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