読書メモ「道州制で日はまた昇るか―地方分権から市民主権へ」

| コメント(0) | トラックバック(0)


このエントリーをはてなブックマークに追加

道州制で日はまた昇るか―地方分権から市民主権へNPO法人の一新塾という団体が監修している書籍です。

これも、道州制や地方分権を学びたい初心者向けに、ざっくり、書かれている感じ。

本は中高時代の教科書サイズで、なんだか懐かしい。内容もなんだか教科書みたい。浅すぎず、深すぎず、要点をまとめてくれていて分かりやすいです。

流れとしては、明治維新、戦後の日本の歩みに触れ、中央集権である現状の解説や、なぜ道州制なのかといった概論から入り、地方と国が現在どういう切迫した状況なのか、その中で、近年、細川内閣から小泉、安倍内閣 ぐらいまでに、地方分権という視点で、どういった改革が行われてきたかといった認識を示唆。その後、道州制という概念にもいろいろなパターンがあるという解説、どういう道州制が望まれるべきかという本書の考察がなされて、最終的に、市民が何を考え、どう動くべきかという啓発で締め、若干付録的に、道州制が実現された時の期待される(というか、本書もまたバラ色の)未来像を語るという流れ。

読了後、振り返るべき点としては、本書でつづられる、近年の地方分権への動き、特に小泉内閣の改革の成果の評価という部分。といっても、その評価自体に対して何かを言うわけではなく。

言葉としては、たとえば「三位一体改革」であるとか、「骨太の方針」、「郵政民営化」、「経済財政諮問会議」などは、「ああ、知ってる知ってる。小泉さんね。知ってるよ!」てな具合で反応できるのだけれど、じゃあ、それぞれ、具体的にどういった背景で、何を目的として、どういうことがなされたのか、あるいはその結果はどうなったのか、といった話になると、正直、まったく存じ上げないという次第でして。新聞とか読んでないのもその一因ではあろうと思いますけれど。

一般国民の側から、目に見えて変わったのが分かるのは、郵便局が民営化されたという表面上の部分だけで、じゃあそれが、どのように国の財政や、地方のあり方に影響を与えたのかと問われると、事細かに説明できた自信はないですし、そもそも、三位一体改革が、地方分権を意図して進められていたんだよ、ということすら知らない人だっているでしょう。

もちろん、政治や行政への参加意識、リテラシーの高い人たちというのは確実にいるわけだけれども、おそらく、ですが、大多数とは言わないまでも、過半数が、そうではない人たちであって、そう考えると、本書が前提としている「地方分権や道州制が正しい方向に向くための市民の在り方」みたいなところを次第点に到達させるのは、指南の業だなぁとも思ったりもします。

改めて、そういった部分を認識すると、地方分権を形だけ進めてしまっても、何も変わらないどころか、悪い方向に進んでしまう可能性も、非常に高いのだろうなと感じます。

実は、自分自身、ほとんどの選挙に行っていないのですが、それがなぜかというと、そもそも候補者の政策も理解していなければ、現在の行政の問題点など何一つ挙げられなかったし、じゃあ誰かに投票しようとしたときに、「なんとなく知っている人に入れてしまいそう」といったことになりかねないなと云う部分。

その、「なんとなくの一票」に何の意味があるのか理解できないばかりか、この適当な一票が積み重なることによって、世の中が悪い方向に進んでしまうのではないかと感じる部分があるのも一つの理由でした。

意思を持って投票したのは先日の都知事選位のもん。

そして、おそらく、かなりのパーセンテージで、そういった票が、現状動いている。この状態のまま、地方分権を形だけ進めるのは非常に危険なのかもしれません。

本書では、とにかく、道州制というものに対して、市民(こういった書籍では国民ではなく市民という言葉がよくつかわれるようですね!)が、まずは興味を持つこと、そこから議論が巻き起こること、そういう風潮が出来上がることを望むようなことが書いてありますが、まったくその通りで、とにかく、市民ひとりひとりが、現状を変えるために、少しでも考えることが必要なのだろうなと、感じる次第であります。なぜなら、地方分権、道州制を進めた結果予想されるのは、地方の財源の減少であり、それを補って余りある「地域色」、地方に即した行政の在り方が実現されることによって、地方が、日本が元気になるというのが根底にあるためであり、それらを実現するには、どうしても、市民発信で、基礎自治体のもっと下の部分から、ボトムアップで何かを作る、何かを運営する意識が必要だからと理解しました。

ところで......。

長年思っているのだけど、選挙って、資格制度を導入してはダメなもんなのかね。

最低限の政治(というよりも政策といいかえた方がよいのかな)や行政の仕組みや基礎知識のないままに投票する人が多数である限り、メディアに取り合え下られづらい(ようするに、センセーショナルでなかったり、真新しい話題性のない)、真にあるべき政策を訴える人たちの主張はなかなか進まないだろうし、それこそ、中央集権の弊害だけれども、「地方に公共事業や道路をもたらすのがよい政治家」という枠組みを変えられない気もします。そんなシステムの国があるのかどうかも知らないのですが、国民の義務というか、投票をする人の義務として、最低限の前提があってもいいような、と。

まあ、深く考えると、それもまた、いろいろと問題なんだろうけどねぇ。その前提を作る人たちによって何か操作されちゃう、とか。ただ、少なくとも、今の自分には、まだ正しい一票を投票する資格はないなぁと、感じる次第です。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.enjoy-com.com/mt/mt5/mt-tb.cgi/815

コメントする

        

人気エントリー