先日、自社媒体のインタビューでお会いする機会がありました佐々木俊尚さんの2010年最新ネットマーケティングセミナーに、昨日参加してきました。
まったくまとまってないですが、備忘録がてら簡単にメモ。
今日の話
- 今現在の話ではなく、5年後、10年後のソーシャルメディアを中心としたネットマーケティングについて話をしたい
パッケージVSコンテキスト
- コンテキストの消費は90年代の理念として掲げられていた
- 2000年代後半になって、ブログ、ツイッターなどで実現され始めている
パッケージ消費
- 一方、ランキング、タレントイメージ、テレビCM、店頭位置、ブランド記号などによって表現される「記号消費」「パッケージ消費」
- これが当然のようになされる時代が崩壊した。
- それは、不況で物理的に難しくなり、誰もが背伸びしなくなったため
- ものを買うことで目的を実現するのではなく、何かをすることで目的を実現しようとする風潮へ
コンテキスト消費
- マスメディアや企業からの一方的なパッケージ消費を受け入れなくなり、「なぜその商品を今買うべきか」をコンテキストから判断するようになりつつある時代
- 記号消費=背伸び消費
- 背伸び消費は消滅
- 高級ブランドは元の世界へ帰っていく
- 自分を物で語る人は今や少数派
消費の変動
- 企業は商品を生み出す
- ソーシャルメディアはコンテキストを生み出す
- ソーシャル消費時代への突入
- 田舎は別だが、都市部ではこうなっている
- 商品とコンテキストが一体化して「場」を形成している
場とは?
- マスメディア=大河
- ソーシャルメディア=スワンプ(湿地帯)的流路
- スワンプは様々な水路が入り組んでいる、どこの水がどこから流れているかというのを俯瞰して見ることが難しい。
- 方向性も見極められない。
Curation
- 最近意図的に良く使っている言葉「Curation」
- 情報を収集、選別、意味づけ、共有すること。
現在の「情報」流通
- 需給バランスが崩れている。
- 以前は供給過多であった
- 需要する方は、与えられる情報を組まなく読みつくす
- それでも情報が足りなかった
- 読む本がない、と言った状態も
- しかし、現在では供給が1000倍、1万倍にも増えていて、需要過多
Curation Journalism
- 一次発信よりも選別が重視される世界の仕事
- 素晴らしい記事でも、既に供給過多のため、その選別作業の方が受け手の側から見ると価値がある
- Curatorという存在
Curatorの未来
- Curatorという存在の未来はどうなのか、佐々木さんは意図的に実験中
- 特にマネタイズの部分
- 現在、600のRSSフィード、毎日2000位の記事をRSSで取得し、50-100位は読み、20-30位はちゃんと読みつつ、自分なりの意味づけ、Curationをした上で、twitterなどにも放流
Curatorはなぜ個人である必要があるのか?
- 広告代理店や新聞、雑誌社がやればいいのか?いやちがう。
- 情報の真偽は見分けづらいが、人の信頼度は可視化されやすい
- 玉石混交の中からの情報取捨選別が重要⇒10年たって分かることは、これは幻想にすぎない
- 一次情報の真偽の判断は難しいが、信頼できる人からの情報かどうか、は分かる
- 人間の信頼性=過去のアーカイブから判断しやすい
- 玉を見極める力は、ソーシャルメディアでCuratorが提供してくれている
- Curationは、商品情報にコンテキストを付与する
次の課題
- facebookはユーザー4億に対して、売上5億ドル
- 一人頭100円にしか満たない
- mixiは2000万人程度で約130億円
- SNSは2種類ある
- つながり思考メディア facebook
- 情報思考メディア myspace
- つながり思考メディアであるソーシャルメディアはマネタイズしづらいメディア
- 情報思考メディアとどう融合するか?が課題
購買意欲。生成と収穫
- 従来のメディアは、購買意欲の生成と収穫を垂直統合し、完結していた
- 一方現在、「生成/ソーシャルメディア」⇒「収穫/検索エンジン」という構図
- インターネットの世界は一つずつのパーツがばらばらに切り分けられ、生成と収穫が別々になっていて、垂直統合されない!
- だからソーシャルメディアはもうからない。
- 垂直統合するにはどうしたら良いのか?生成場所で収穫できれば一番いいが
生成場所で収穫できないの?
- ネットにはクリエイティブがない。
- コンテキストに乗って楽しめるかどうか
- 場を共有して楽しむエンタテイメント
- 若者に、何が面白い?と聞くと、作品タイトルではなく、場やジャンルを答える
- 楽しみが、コンテンツ単体ではなく、場とかそういうものに変わってきている
- その先にどのようなクリエイティブが生まれるのか?
- appleのiAd。「検索ではない。アプリがパッションをもたらすのだ」モバイル広告は検索がメインになっているのはおかしい。マッチングしかしていない。そこにクリエイティブがあり、それによってエモーションを起こすのが以前の状態テレビCMに戻る必要はないが、ネット広告もそこに戻っていかないとダメだ。という話で生まれたのがiAd。
- 検索広告ではなくアプリケーションとして広告を提供できる。
- バナー広告違い、ページを遷移しない、そのウィンドウの中で完結するモデルに持っていきたい。
- クリエイティブは、ipadのようなタブレットデバイスから生まれてくる可能性があるんじゃないか。
それは、ネット広告にBrand Advertisingをもたらすか?
- ここまでくれば、ネット広告は、マスメディア広告を凌駕するのではないか?
というざっくりした^^;予測を発言されて、予め用意されていたアジェンダは終了しました。
興味深かったのはCuration Journalismという言葉。
行為自体は、ブログが一般的に成り始めたころから存在することでして、いわゆる、ネット上のニュースや記事をURL挙げつつ転載して、一言二言自分なりのコメント、見解を書いて、第三者に共有する、というようなことと同じ。
ブログを更新する、という行為自体を目的としている人には、とても手っ取り早く楽な更新方法でもありますけれど、情報過多なコンテキスト消費の時代においては、そういった行為自体が重宝がられるし、その積み重ね自体が、ジャーナリズムとして成り立ち始めているというお話でした。
佐々木さんって、毎朝大量にツイートされていますけれど、意図的な実験の意味も含めての行動だったんですね。
あと、的を射た表現だなぁと感心したのが、ソーシャルメディアとは「スワンプ的流路」であるという言葉。
腹に落ちる表現でした。
さて、その後の質疑応答で気になった話のメモを3点。これまたまとまり無しメモ。
ほりえもんしかり、メルマガの可能性って?
- 広告マーケティングというか、インターネットにおけるスモールビジネスの話だと思う
- 音楽、本が売れなくなってきた。では情報発信者はどうやって食べていくか
- 一方で、ソーシャルメディアなどを駆使することで、情報発信者の回りにダイレクトにコミュニティを作ることができる
- そのコアな部分に、有料の何かを提供することができる
- 漠然として浮かび上がってきたコミュニティに対して訴求できる
- 安価な価格で、クローズドなコミュニティや課金方法を作れるビジネスなんかもあるんじゃない?
商品開発において、客のニーズを探る方法は
- クラウドソーシングという手法
- 集合知を製品に結びつける
- 課題としては権益が小さすぎる
- 相当小ロットで売れる形にしないと収益化しない
AR(Augmented Reality)の可能性は
- ARも含めて地理情報、ジオメディアという物理空間そのものをインターネットの中で構造化しているが、短期的な問題は、あまりにも物理空間にITが侵入することによって、プライバシーの侵害がありうる
- そこに広告を持ちこむとスパムになる
- 緯度経度でなく、お店とか単位でチェックインさせて、広告などを配信するとか?
淡々と話されるので、笑いどころとかはあまりない講演でしたけど、あっという間の1時間でした。
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