かつて「RSS」という新しい概念から想像したインターネットの未来と、現状

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先ほどのエントリーでRSSという言葉を使って、ふと考えたこと。

RSSといえば、ブログというサービスが日本に流入してきた当時、非常に新鮮味を持って興味を持たれた言葉でしたが、今やすっかり一般的になりましたね。

RSSリーダなんかのツールが出てきたときは、その後のインターネット業界に相当なインパクトを与えるだろうなんてことも言われていましたが、リーダを使うユーザの規模はそれほど伸びず。インターネット白書なんかを見ても、インターネット利用者の数%とかしか使ってないといったデータがあったように思います。

自分自身も含めて、リーダを使ってるユーザの口からは「RSSの量が多すぎて結局見ない」みたいな声が聞こえてきます。いまだに一応リーダを使ってはいまして、購読するRSSは相当絞ってはいるものの、しばしばそういうジレンマに陥ります。読まずに捨てる勇気を持てるようになったので変な苦労はないですけれど。上手に使ってる人も大勢いらっしゃるのでしょうけれど、そこらへんがスタンダードになりえない理由の一つなんでしょうね。

さて、しかしながら、RSSという技術自体は、今でもとても多くのサービスで使われているわけです。

単純に、ユーザーがRSSというものに興味を示して、自分でいろいろなRSSを収集して、RSSリーダで購読する、という当初描かれていた使い方よりも、一般のユーザが気付かないであろう、たくさんの裏方の部分でこの技術が活用されている、という現状。もちろん、そういう使い方も含めて、いろんな可能性があるということで騒がれていたわけですが、目に見えるプロダクトの部分がこんなにも伸びないとは、なかなか予想できなかった。少なくとも僕は。

新しい技術や概念というものに接したとき、人はどうしてもその表面的な機能や役割から、それらの使用方法を想像してしまうというということなんでしょうね。言うは易しですが、いわゆる、本質を見ぬけていないという状態。

数年前まで、僕自身も、サービス企画のコンサルティングや提案営業を生業としていましたが、そこで発する言葉や、提案書に盛り込む内容も、今思えば、本質までたどり着いた上で表現していたものではなかったなぁと。当時はそれはそれで一生懸命ロジックを組み立てて発言していて、それが間違っているなんて思いもしなかったわけで。

分かってれば出来るような易しいものなら苦労はしない、でも、分かってないと絶対できない、ということで、今後もどんどん出てくるであろう、そういった新しい技術や概念、言葉、初めて触れる世界感に相対するときは、そういう意識を持たないといけないなと、ふと思ったので記しました。

次の5年は、また、どんな変化があるでしょうか。

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