星新一 ショートショートSFの巨匠

中学生の頃は本の虫だった。と言っても、文学小説などには一切興味はなく、歴史小説、歴史IF小説、星新一のショートショートSFばかり読んでいた。

中でも星新一の小説には魅了され、通学カバンの中には常に一冊入っていた。通学のバスや電車の中の短い時間で、数本の作品を読み切れるサイズ感もハマった要因のひとつなのかもしれない。

公式には、生涯で1001篇”以上”の作品を残したとされているが(実際にはもっと多かったようだ)、

おそらく、7〜8割位は読んだのではないかなと思う。正確には数えていないし、中高のときに購入した書籍は、広島から上京する際にすべて処分したので、何冊所有していたのかも今となっては分からない。

wikiを見ると、小説だけで50冊程度あるようだ。タイトルに見覚えがあるやつをざっと数えてみると、40冊ぐらいは所有していたのかもしれない。

星新一の作品は、今読んでも全く色褪せない。

その理由として、wikiを引用すると、

通俗性が出来る限り排除されていて、具体的な地名・人名といった固有名詞が出てこない。例えば「100万円」とは書かずに「大金」・「豪勢な食事を2回すれば消えてしまう額」などと表現するなど、地域・社会環境・時代に関係なく読めるよう工夫されている。さらに機会あるごとに時代にそぐわなくなった部分を手直し(「電子頭脳」を「コンピュータ」に、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すなど)しており、星は晩年までこの作業を続けていた。

という特徴がある。

また、人名にもこだわりがあり、これも引用だが

主人公としてよく登場する「エヌ氏」などの名は、星の作品を特徴づけるキーワードとなっている。「エヌ氏」を「N氏」としないのは、アルファベットは、日本語の文章の中で目立ってしまうからだと本人が書いている。

とのことだ。

当時は何気なく読んでいたけれど、少年だった僕を焚き付けた裏には、色々な工夫がなされていたんだなぁと後に知った。

星さんが亡くなられた頃は、すでに僕の興味はギターに向かっており、亡くなったことはリアルタイムで耳には入ってきたが、それほど感傷にふけることはなかった。若者ってドライなもんだなぁって思う。

星新一にハマっていたのと同時期に、真剣に取り組んでいた将棋も、あっさりとギターに興味を持ってかれ、その後、10年やったギターからウェブに転向したときも、なんの未練もなくあっさりだったので、やっぱりドライなんだ。10代、20代って。

さて、星新一さんのことを書きたかったわけではなかったのだけど、書き始めたら星さんの想い出が溢れ出てきてしまったので、今回は書いてる途中でテーマが変わってしまった。

Kindleにも少しあるみたいだし、また読み直してみよっかなぁ。

ボッコちゃん、ようこそ地球さん、どこかの事件、マイ国家、宇宙のあいさつ、ノックの音が。表紙絵見るだけで懐かしいや。

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